精霊神殿への道
アイメリアは、今の状況が養父達の行ったらしい不敬とやらのせいであると考え、精霊神殿を訪れて、精霊の怒りを抑えて欲しいと訴えるつもりだった。
部外者の話なら鼻で笑われて終わりかもしれないが、アイメリアは一応ザイス家の家族だった者だ。
関係者と言っても通じるだろう、そう考えたのである。
アイメリアの肌に感じる怒りの気配は、ザイスの屋敷を破壊して収まるどころかますます猛り、まるで次の獲物を狙う獣のようなものとなっていた。
アイメリアは、この状態が続けば、遠からず無関係な者に被害が出るのは必至と感じたのだ。
「そんなこと、ラルダスさまが望むはずがないもの」
アイメリアを拾ってくれたラルダスは神殿騎士である。
つまり精霊側の人間ということだ。
見知らぬ娘に助けの手を差し伸べるような優しい人間であるラルダスならば、自分の仕える相手が罪無き者を傷つけたとなれば、苦悩するだろう。
大恩ある相手を苦しませる訳にはいかない。
アイメリアはそう考えて走った。
とはいえ、アイメリアは精霊神殿への行き方を知らない。
峻厳な山を抱え込むように佇む荘厳な姿は、街のどこからでも望むことが出来るのだが、街中は建物がひしめきあっていて、道も真っ直ぐではない。
望む方向に進んでいるつもりで、いつの間にか反対方向を向いていた、ということが度々起こってしまうのだ。
そこで、アイメリアは、街の人に訪ねることする。
精霊神殿に参拝するために訪れる人も多いはずなので、街の人間なら道を知っているだろう。
アイメリアはそう思ったのだ。
見ると通り沿いに、パイを切り売りしている屋台があった。
ラルダスの家を出る不安と悲しみから、朝から何も口にしていなかったアイメリアは、食事ついでに道を聞くことにする。
「あの、そのパイ、中身は何でしょうか?」
「お、いらっしゃい。かぼちゃと山鳥肉さね」
「ひときれ、いただけますか?」
「あいよ! 角銅貨三枚だよ。この場で食べるかい? 持ち帰りなら入れ物が必要だよ」
「この場でいただきます。あと、それと、精霊神殿へ行く道を教えていただきたいのですが」
「お嬢ちゃん他所から来たのかい? この街は大きいから迷っちまったかな? わかりやすいように目印も教えてやるよ」
「ありがとうございます」
気のいいパイ売りのおじさんは、わかりやすく道の目印となる建物などを教えてくれた。
アイメリアは丁寧にお礼を言い、買ったパイを口にする。
パイはよく売れているのだろう。
まだまだ焼きたてのようで熱々だ。
「それにしても、街の人は誰もこの空気を感じないのかしら?」
アイメリアは押し寄せる寒気と恐怖に耐えながら、あたたかなパイを、なかばむりやり口に押し込む。
この先、空腹では肝心なときに倒れてしまうかもしれない。
朝食は一日の力の源よ、と常に口にしていた乳母の声が聞こえるようだった。
「急がなきゃ」
精霊神殿の建物は、街のどこからでも見えるほど大きいのだが、そこへと至るための道のりは、アイメリアが最初考えたよりも遠い。
それというのも、精霊神殿は高い山の上に砦や城のように建てられていて、この街は、神殿のある山の裾野に広がっているからだ。
精霊神殿への参拝は、つまりは山登りなのである。
アイメリアは街歩き用の柔らかな靴で、精霊神殿までの坂道を登った。
門らしき場所にたどり着いた頃にはだいぶ息が上がっていて、ラルダスの同僚であろう神殿騎士に話をするのもままならないほどだ。
「あ、あの・・・・・・」
「む? 娘、悪いが今日は参拝は出来ん。出直して来るように」
汗だくの若い娘であるアイメリアを気の毒そうに見ながらも、門前の騎士は厳しく言い渡す。
「あ、あの、私・・・・・・」
しかし、アイメリアは食い下がった。
それで引き下がるなら、わざわざ来るはずもないのだ。
「私、ザイス家の娘だった者です。精霊さまがお怒りなのは、私の家族のせいなのでしょう?」
そのアイメリアの言葉に、二人の神殿騎士が顔を見合わせた。
「精霊さまがお怒りだと?」
「ザイスの家の者は国法の下裁かれるため、王都へと護送されたはずだが」
話が噛み合ってない。
だが、とりあえず、門番の騎士は、アイメリアの話を精霊神殿の信徒に伝えることにしたのだった。





