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私たちは城下町へ降りた。午前中の繁華街は、まだ開店したばかりのせいか人通りがまばらだ。
予めあたりをつけておいた店に入る。女子の間では、私でも知っているぐらいには有名な所だ。
店内に入るとすぐに、にこやかな笑みの店員さんがやってくる。朝一で男女揃ってやってくるなんて、私たちはさぞかし『買う気満々』に見えているだろう。
「やっぱり基本が大事かな……」
伝統的な白のブラウスに胸下切り替えの花の刺繍が施されたワンピース。没個性と言われようと、皆がそれがいいと思っているから根強い人気があるのだ。
「どうですか?」
試着室から出てくると、ヒューイはものすごく難しい顔をしていた。
「やっぱ、こういうかわいいのは似合わないですよね」
「いえ。非現実的な空間だなと思いまして……」
「はあ」
ヒューイが何を言っているのかイマイチ不明だったので聞き流す事にする。私が聞きたいのはこの服が好みかどうかだったのだけれど……。
何枚かを試着して、結局最初の服に決めた。
襟ぐりが大きく開いていて、鎖骨どころか肩まで見えているような有り様だが当日はこのような格好の娘が溢れているので大丈夫だろう。
お会計の時、私が財布を出そうとするのをヒューイが止めた。
「ここは僕が払いますよ」
「それはダメですよ」
「使う暇がなくて余っているので、ここは払わせてください」
ヒューイが頑なに譲らなかったので、ありがたくプレゼントしていただく事にした。決して安くはないものだし、汎用性があるわけでもないのでなんだか申し訳ないけれど、彼に言わせると「もうお祭りは始まっている」らしい。
「いいぞ。もっと散財しろ」
キュピはポケットから顔を出した。
「買い物ネズミみたいな事を言う……」
買い物ネズミ。小さな小さな精霊で、それに取り憑かれると、家に隙間風が吹くみたいに、余計な出費がどんどん増えていくのだと言う。専門でお祓いをしてくれる所もあるみたいだけれど、大抵の場合は「言い訳に使われている」だけで、そんなに沢山いるものではないらしい。
実家にもし住み着いていたらどうしよう、とつぶやいた私のために、ヒューイは薬草店でネズミ避けのポプリを紹介してくれた。
「会場の下見に行きましょう」
天井が崩壊しそうな薬草店を出て狭い階段を降りると、円形の大広場にたどり着いた。地元民しか知らない抜け道、と言うやつだ。
王都にはこのような広場がいくつもあって、なんらかのお祭りが開かれる時は会場になる。もちろん『花祭り』も例外ではない。当日は中心で巨大な焚き火が行われ、夜はその周りでカップルたちがダンスを踊る。
ちなみに悲しい事があった人は焚き火に思い出の品をぶち込むと綺麗さっぱり燃やしてもらえる、と言う寸法だ。
「当日はここがいいかなと」
この辺りは商業区ではなく、いわゆる下町、住宅が多いところだ。
「小汚い所だけど、治安は悪くないと思う……いや『坂の上』に比べたら悪いかもしれないけれど」
何度も繰り返す通り、私は貴族とは言い難い生活をしているが、家自体はお上品な地域にある。『坂の上』と言うのは、貴族街を指す言葉だ。
「私はどこでも構わないけれど……このあたりが地元なの?」
ヒューイは何本か伸びている道の一本を指さした。
「この裏通りに僕の実家があって」
「祭りの時期はうるさい、混んでいる、ゴミは散らかるの三重苦」
正直、今の時刻でも人通りが多いぐらいなので、お祭りの時は信じられないぐらい騒がしいだろう。
「花祭りについて微妙な反応だったのは……」
「そう。そのせいであまりいい印象がなかったんです」
謎が解けてホッとした。私と行くのに乗り気でない訳ではなかったのだ。
「なるほど自分が参加する側になると、確かに楽しみではある」
ヒューイは今回でこれまで溜まっていた花祭りへの恨みを全てチャラにすると意気込んでいる。残念な事に、それを聞いてくれるはずのキュピはいつの間にかいなくなっていた。
先ほどヒューイが指さした方向には、昔ながらの旧市街が広がっているようだ。
古い区画なので、道が狭く、ごちゃごちゃしていて何代も前から住んでいる人が多いのだと言う。
少し彼の実家に興味があったけれど、さすがに遊びに行きたいとは言えず、私は口をつぐんだ。