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「ほら、かわいいかわいい」
「そうかなあ」
早朝、エラに髪の毛を結ってもらう。自分は出勤なのに、わざわざ早起きして私の身支度に付き合ってくれるのだから、彼女は本当に面倒見が良い。お礼を奮発しなくてはいけないと思う。
「なんか、ちょっと……気合い入れすぎじゃない?」
普段はしない……自分ではそもそも出来ない複雑な編み込みをされて、派手すぎるのではないかと気後れしてしまう。
「なーに! ちょっと派手かな? ぐらいでちょうどいいの!」
今日は、花祭りの服を買いに行く。当日、女の子たちは伝統衣装を着て、恋人がやってくるのを心待ちにするのだ。
「試着したときに、髪型が決まってるほうがイメージしやすいって」
「調子に乗ってると思われそう……」
眼鏡は没収された。鏡に映る自分は、驚くほどに派手になっている。
「やっぱり眼鏡が欲しい……」
「何言ってるの。眼鏡ナシを想定してお化粧したんだから! ほら、さっさと行く」
部屋をたたき出されてしまい、しぶしぶ出ていくと、寮の門の所にヒューイがいた。肩にキュピが乗っている。
「ひえっ」
まだ心の準備をしていなかったので、変な声が出てしまう。待ち合わせは城下町だったはずだけど……。
ヒューイは少し気まずそうな顔をした。
「すいません、その……キュピが迎えに行けと言うので」
「あ、そ、そ、そうですか」
迷惑ですかと問われ、全くそのようなことはないのだけれど、恥ずかしいことは恥ずかしい。
「でも、まあキュピのせいですからね、仕方ないですね……」
「そーやって何でも俺様のせいにする」
キュピのぼやきを、私たちは無視した。
「いいんですか。ここから一緒に行動したら、その、皆にバレバレなんですけど」
「嫌なら出直します」
「いえいえいえ……呼び出してもらえれば、もっと早くに出たんですけど」
「僕が勝手に来ただけなので」
会話がうまく弾まない。これが照れ、というやつだろうか。今日は霧が濃く、空気が冷えている。眼鏡がないとどうにも無防備な気がして、ばしばしと瞬きをした。
「ところで……今日はものすごくおしゃれなんですね。少し……いやかなり驚きました」
ヒューイはちょっと私から目を逸らしていた。
「友達が、ちゃんと当日を想定した格好で行った方が試着した時にイメージが湧きやすいと言うので」
「成程」
「派手すぎますよね」
「……いえ、いいと思います。とても」
私は思わずキュピを見つめた。今となっては、もはやこのピンクのふわふわを見ている方が心が落ち着く感覚すらある。
「俺様を見るな」
キュピはいつも通りの横柄な口調だけれど、機嫌は良さそうであった。私の感情を食べているのかもしれない。
城門を出入する際は身分証を提示しなくてはいけない。番兵さんは私たちを見て『良い休日を』と言い、にかっと笑った。
「あの人、最初の時に居た人ですね」
ヒューイは人の顔を覚えるのが比較的得意らしく、城門を過ぎてから小さな声でつぶやいた。覚えられているとは、なんだかこそばゆい。
橋を渡っていると、そんなに時が過ぎたわけでもないのにどこか懐かしい気持ちになる。
「あの時は、たまたま本を引き取りに行くために外出していて」
ヒューイはポツリポツリと話を続ける。
「届けてもらう事も出来たけれど、何かいい事でもないかなと思って出かけたんだ。部屋も散らかっているし、学会は近づいているしで鬱々としていて」
「そうしたら、ミルカが橋のところでうずくまっていたので、なんだこれは一体どうした、と……」
「その節は本当にお世話になりまして」
その日まで全く知り合いではなかったのに、今はこうして二人で出かけているなんて人生どうなるかわからないものだ。
「俺様に感謝してるか?」
「はいはい。偉大なキュピ様には感謝してもしきれません……」
ヒューイは軽口を叩きながら肩の上に乗っていたキュピをつまみ上げ、シャツのポケットにしまい込んだ。