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私たちはヒヨコの再訪を待つために、できる限り一緒に食事をすることにした。
「出てきましたか?」
「いいえ」
二日連続で現れたのに、ここ数日は影も形もない。研究は進まない。ただ、私たちの会話が続いているだけだ。
正直このままでもいいのだけれど、ずっと現れなかったらヒューイは諦めて私に会いに来なくなってしまうのだろうか。人参の甘煮をかじりながら、そんなことを考える。
「ミルカ」
突然名前を呼ばれてびっくりする。例の精霊が「さん付けはよろしくない」と言い残して去っていったので、我々かよわき人間は精霊さまさまの仰せの通りにいたしましょう、と言う訳だ。
まずは「さん付け」をやめる所から。とは言っても照れるものは照れる。
「な……何でしょう」
「明後日は休みでしたよね。城下町に……」
ヒューイは手帳をめくりながら私が教えた予定をなぞっている。物音がしたのでふと横を見ると、ピンクのヒヨコがコップに顔を突っ込んでいた。
「うわ、居た! ヒューイ、いた、いた、ほら」
「よしきた」
ヒューイはためらいもなく、ヒヨコをつまみ上げた。今回はこちらが上手だったらしい。精霊って素手でも捕まえられるんだ……。
「お前、俺様を監禁するつもりか」
びしょ濡れのヒヨコは不機嫌そうに唸り声を上げた。
「学者ってやつは、敬意が足りない。なんでもかんでも根掘り葉掘り調べようとする癖に……」
「名前は?」
「キュピ、だ。今年精霊樹から生まれ出た400番目の精霊だ」
尋ねてみると、意外にも普通に返事が返ってきた。
「兄弟が400人もいるの?」
「毎年季節の変わり目に産まれては、減っていく。ニンゲンと一緒だ」
「そうなんだ」
「お望み通り出てきてやったんだからなんか食いもんよこせ」
ヒヨコはヒューイの手の中でバタバタともがいた。精霊は食事をするのかとヒューイに視線で説明を求めてみる。
「食物や酒を求める、と言うのは伝承でもよくありますよね。娯楽かと」
「ふーん」
そんなに恐ろしい生き物ではない、とわかったのでもうビビったりしない。付け合わせのパセリを近づけると、ちょいちょいとつつき始めた。
「まずい。そっちをよこせ」
「栄養があるのに」
キュピはヒューイの手のひらからするりと抜け出し、私の皿から人参を奪っていった。
「こっちのほうがうまい」
ヒューイは先程からずっとメモを取っている。研究のために来ているんだから邪魔してはいけないよね。
「ところで、お前たち、ちゃんと恋愛しているか」
人参を食べ終えたキュピは私を見て、ヒューイを見た。
「してますよ。見ればわかるでしょう」
ヒューイはすっぱりきっぱり、自信満々にそう答えた。学者はとりあえず自信ありげに見えた方がいい……のかもしれない。
「ひとりよがりじゃねえの?」
キュピは白い瞼を半分閉じて私を見つめている。
「そんなことないよ」
頑張って笑顔を作ってみると、キュピは満足そうにまぶたを閉じた。
「なるほどな。これなら、花祭りの花が手に入る」
「は?」
「当日、左の花を持ってこい。俺はそれの蜜が飲みたい」
「それって……」
それはつまり、プロポーズされた証拠を持ってこいと言う意味だ。お祭りの当日、女性は髪に花を飾る。右の花は未婚、恋人がいない。左の花は既婚、結婚が決まっている、恋人がいる。
つまり当日まで私とヒューイが付き合って、恋人ないしは婚約者としてお供えをしろ、と言いたいわけだ。
結婚しろとは言わないと聞いた気もするのだが……どんどん要求が過激になっていくのは、気のせいではないと思う。
「花祭り……」
ヒューイの声に視線を上げると、彼はとても苦々しげな顔をしていた。