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  「いやー、ミルカがいきなり叫びだして行方不明、って聞いた時は一体どうした!って思ったけど、なんかいい感じに収まってよかったよ」


 慌ただしい夕方が過ぎてすっかり夜中になった頃、ベッドに腰掛けたエラは笑顔をこちらに向けた。


「『いい感じ』ではないと思う」


 どちらかと言うと恥が多すぎて収まるどころかはみ出している……とすら言える。


「なんでさー、確かに平民かもだけど、あたし達みたいな家柄だと、平民も貴族も関係ないよね。むしろ研究職なんて安定してるし、真面目そうだしでいいこと尽くめじゃん」


 あたしにもヒヨコがこないかなー。とエラはぼやくが、先週告白されたけれど好みじゃないから振ってしまった、と言っていたのを聞いたばかりだ。


「それはさ、私が困っているのを助けてくれたのであって有効ってワケじゃないんだよ」

「きっかけはなんでも良くない?」

「そうかな」


 そんなもんでしょ、と言うエラにどうにも納得がいかなかった。だって、あまりにも展開が急すぎるのだ。



  翌日。仕事終わりに食堂でヒューイと待ち合わせをしている。城の中に複数ある食堂のうち、私たちが使っているのは同じ所だったらしい。研究所からは結構な距離があるけれど、何か好きなメニューでもあるのだろうか……?


「お待たせしました」


 食堂へ行くと、すでにヒューイは座っていた。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 住み込みで働いていると、終業後に他の人と会う事ははめったにない。このお城は大きな船みたいなもので、みんなその中で生活して人間関係を築いているのだと、先輩が言っていた。


「レポートを書いてきました。ぜひ読んでみてください」


 ヒューイはきらきらした瞳で何枚かにまとめた紙を差し出してきた。私は詳しいことはよくわからないけれど、内容を見る限り、あのヒヨコは本当に力の弱い個体らしい。


「うまく感情を集めないと成長できないからああして私を焚きつけた、ってことでしょうか」


「はい。なので、あなたが彼の頼みを聞いた以上、また姿を現すのはほぼ間違いないかと。つまり一緒に行動……こ……交際しているそぶりを見せれば近寄ってくるのではないかと思いまして」


 つまり、交際は有効ってことですか? と私は聞きたい。


 しかし厚かましい奴だと思われたくはない。こちらからがっついて「いや研究の一環で……」と言われた日には立ち直れない。


「なるほど……それは……なかなか……愉快な話ですね。刺激的と言いますか」


 私たちはお互いに「んふんふ」みたいな顔をしてお茶を飲んだ。しばらくまったりした空気が流れたが、不意にヒューイが口を開く。


「しかし、ミルカさんは男爵家のご出身ですよね。形式上とは言え、異性と行動を共にするのはよろしくないですかね」


「えっ」


 確かにうちの実家は男爵だけれども、貴族籍とは名ばかりの下っ端貴族。昨日の今日で、私の家のことまで調べられているとは思わなかったので、冷や汗が出る。調査されて困るようなことは何もないけれど……。


「男爵家と聞くと大層立派に聞こえるかもしれませんが、数代前のご先祖様がちょっと戦争で活躍してそれきりで、家としては全然からっきしなんですよ」


「とは言え」

「全然大丈夫です、ほんとに。婚約とか、舞踏会とか、そんな話まったく存在しないので」


 知らない人には驚かれがちだが、うちの家は本当に大したことがない。土地の税金を払うのにヒーヒー言っているほどで、資産運用だけで生きていく、なんて夢のまた夢。「安定した職業の人と縁があれば」とお城に働きに出されている始末なのだから。


「そうなんですか」


 ヒューイは少し意外だったようだ。


「平民はダメで、他の人に交代しなければいけないのかと。良かったです」


 他の人に交代する、などと言われた日には私の方が困ってしまう。もしそのような事があれば、あのヒヨコに頼んで説得してもらうしか……。


「お前たち、元気にやっているか!?」


 私のドキドキをぶち壊すように、テーブルの横に飾ってある植木鉢から声が響いてきた。


 この声はヤツだ。ヒューイが立ち上がり葉をかき分けると、やはり中にいた。他の人にはダミ声が聞こえていないらしい。


「ヒュ、ヒューイさん、危ないですよ。呪われるかも」

「大丈夫です」


 ヒューイの様子は大きな虫を見つけた時の兄にそっくりだった。


 ヒヨコは勢いよくジャンプをして、ヒューイの手をすり抜け、テーブルの上に飛び乗った。


「お前たち、いい感じか?」

「もちろん!」


 ヒューイは自信満々に返答したが、ヒヨコは疑わしげな顔で私を見た。


「恋人同士は敬称をつけたり敬語で喋ったりしないものだ」


「なんだその固定観念は……この小ささでここまで世俗に染まっているなんて。高位の精霊の分霊? 何かの理由で弱体化?」


 ヒューイはメモを取り出して何事かを書きつけ始めた。


「おいオタク。俺じゃなくてあっちを見ろ」


 ヒヨコは小さな羽を伸ばして私を指差し……羽差し? した。ヒューイがつられてこちらを見た瞬間、またもや煙のように消えてしまった。


「あっ、いなくなっちゃった」


「逃げられてしまいましたか。しかし、これではっきりしました。彼は()()()()()()()()ミルカさんの元に現れるのです」


「はあ……」


 それって、やっぱり呪われていると言えるのでは……。と思わなくもない。


「これはますます捗ります。僕は研究者ですから、ええ。全てにおいて優先すべき事です」


 何がなんだかわからないが、ヒューイはよく知らない私から見てもご機嫌であった。

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