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太陽は沈んだ。城門係の人が恐る恐る近寄ってきて、街灯に火を入れた。
私は死んでいない。
「……えっ、本当に?」
「えっ、はい、本気でしたが……」
男性と思いっきり目が合ってしまった。恥ずかしい。ありえないほどの恥ずかしさが込み上げてくる。
「今日の目標達成だな。じゃあ、俺はこれで。またなにか思いついたら来る」
ヒヨコはそう言って、湯気みたいにふわっと消えてしまった。
「……助かった……?」
「一体何があったんですか? ものすごく差し迫った事情とお見受けしましたが」
精霊を怒らせてしまい、日没までに恋人を作らないと呪い殺すと言われ途方に暮れていた事をしどろもどろになりながら説明する。
男性は真面目な顔で話を聞いてくれたが、呆れたようにため息をついた。
「あの個体にそんな力は無いかと。真実そのような事があるなら、僕は明日にでも論文を一本書き終えているでしょうね」
男性の服には見覚えがある。精霊研究所の制服だ。
その道の専門家が言うのなら──本当に、それは嘘だったに違いない。
「僕に嘘を暴かれるのが嫌で消えたんじゃないでしょうか」
「そ……そんな。私、からかわれたんですか?」
ますます全身の力が抜けていく。もう、何もする気が起きない。
門を閉めますから戻るなら戻ってください。と番兵に言われ、のろのろと立ち上がる。
「とりあえず、話は中でしましょう」
男性はヒューイと名乗った。呼び捨てでいいと言われたけれど、いきなりそんな距離感で会話できるはずもなく。
「あの精霊、先日は研究所付近で発見されました。羽が少し曲がっているので同一個体で間違いないと思うのですが、保護前に逃げられたんですよ。まだ城内に居たとは」
男性改め研究員さんもといヒューイは、きょろきょろとあたりを見渡した。
「私、全然知らなくて、本当にそんな力があるのかと……」
「一般の方から見るとそうでしょうね。基本的に、人前に出てくるのはそれほど力の強くない個体の場合が多いです」
また来ると言っていたけれど、次に出会ったらとっちめてやる、と心に誓う。いや、別に出てこないならそれが一番いいのだけれど……。
「興味深いです。精霊には人間の常識は通用しない」
「はあ」
私は興味ないです……と思ったが、ヒューイはいかにも学者らしく、何かを考えているようだ。
「また明日、詳しい話をお伺いしてよろしいですか」
「はい」
先ほどの告白? はカウントされているのか、いないのか。正直、私としてはそちらをはっきりさせたい。
「その件」の話題を出そうとした瞬間、こちらに向かってバタバタと走ってくる人が見えた。あれは、同僚のエラだ。
「ミルカ、こんなところに! あんた何してんの?」
「あっ」
さあっと血の気が引いていく。私は勤務中だったのだ。仕事をさぼって城内で男性に声をかけまくり、就業時間になっても戻って来なかった。これは首になってもおかしくない。
「何があったの? その人誰?」
「え、あ、ええと、いろいろあって」
エラはヒューイが説明しようとしたのを、手で遮った。
「とにかく、急ぎでメイド長の所に顔を出そう。真面目な子なのに一体何があったんだろうって、みんな心配しているよ」
「もうだめだ……社会的に死んだ……」
胃の辺りがずーんと重くなってくる。このまま溶けて消えてしまいたい。
「僕が説明しますよ」
やはりヒューイは見た目通りのいい人であった。
私がもごもごしている間に、ヒューイはメイド長に事情を話してくれた。精霊に無理難題を押し付けられて、冷静な判断ができる状態ではなかったとの事でお咎めなしとなった。
「今日は、本当にありがとうございました」
私が説明をするのと、研究所の人が付いてきてくれるのでは信頼度が大きく違う。
「いえ。ではまた明日、伺います。もしその前にあの精霊が現れたら、メモをとっておいてくださるとありがたいです」
そういえば、詳しい話を聞くということは、あのヒヨコの話題があるかぎり、関わりは続くのだろうか。
「何かあれば、研究所まで連絡をください。寮に住んでいますので。どんな事でも、すぐに行きますから」
……これは研究の一環で、付き合ってくださいは無効で、ヒューイが興味があるのはヒヨコであって、私ではないのはわかっているのだけれど、どうにも照れてしまう。
私はどうやら、ものすごくちょろい女だったらしい。