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 ヒヨコ改め、精霊の言うことが嘘だとは思えなかった。


 広大な城内──その中に、精霊樹がある。この国の精霊はそこから生まれ出て、人間に恵みと災いをもたらす。だれでも、幼年学校で習う事だ。


  何より、私は名字を名乗っていない。ヒヨコが喋るわけもない。やはりこれは本物の精霊で、私はいまそれに絡まれているのだ。


「こ、恋人ってそんないきなり出来る訳がないよ。それに、今日の日没って」


 もう、あと数時間。いや、一時間もないだろう。自分の心臓が跳ねる音が聞こえてくる。


「無理だよ……」


  泣き落としで見逃してもらおうとしゃがみこんでみたが、無慈悲なヒヨコは私の頭に飛び乗り、頭をげしげしと踏みつけてきた。


「俺は人間の繁しょ……じゃなかった、恋愛を司る精霊なんだ。その感情を食って成長する。俺様の餌になるなら、蹴ったことを許してやる」


「そんなのめちゃくちゃだよ」

 

「もうすぐ『花祭り』があるだろう。ニンゲンはそれに合わせて番を見つける。そうだな」


 彼? が言っているのは、三ヶ月後に行われるお祭りの事だ。女性は未婚だったり恋人がいない人は右、恋人がいる、既婚の場合は左に花の髪飾りをつける。


 その日に成立したカップルは末長く幸せになれる──もちろん迷信だ。毎年沢山の人が別れたりくっついたりしているのだから。


「そうかもしれないけど、私には全然縁のない事だから、他の人をあたって」


「うるさい。ニンゲンのくせに、俺様に逆らうんじゃねえ。特別に勇気の出る魔法をかけてやるからさっさと行け」


「いきなり恋人なんて、できるわけないじゃない。お見合いだってもっと段階を踏むのに」


「ほんとに意気地なしだなお前。ニンゲンは結婚式の当日に初めて顔を合わせたりもするんだろ?」


「結婚しろとは言わない。別に別れたってかまわねー。とりあえず俺様の養分になれ」


 いいのか? お前このままだと死ぬぞ? と私に畳み掛けてくる。どんどん心臓の音が大きくなっていく。


 性質の悪いいたずらもいいところだけれど、素養のない私に見えているということは、一般の人にも見えるはず。頭にヒヨコを乗せたままなら、脅されていると理解して協力してくれる人もいるかもしれない。


「勇気の出る魔法」のせいか、俄然やる気がわいてきた。精霊は気まぐれで残酷だけど、昔話では無理難題をこなせば解放される事が多い。


「わかった。……そこから動かないでね」

「おう」


 精霊を蹴っ飛ばして呪い殺されるなんて、冗談じゃない。


「ちなみにあとぴったり一時間だ」

「いやー!」


  私は仕事を投げ出し、走り出した。自分の足がこんなに速いとは、生まれて初めて知った。


 しかし、ついていない時はとことんツイていないもので。当然のことながら、私の恋人はもちろんどこにもいなかった。


「すいません、突然ですがあなたには恋人はいますか?」

「はい。花祭りの日にプロポーズしようかと」


「つかぬことをお伺いしますが、交際相手はいらっしゃいますか?」

「先月結婚したばかりなんです。ペンダントの肖像画、見ます?」


「実はずっと片思いしている人が、恋人と別れたと聞きまして」

「今から告白しに行こうかと……」



「……いない!」


 こんな日に限って、城の中は愛であふれている。まるで一人なのは私だけみたいだ。


「はあ……」


 さすがに走りすぎて息が切れてきた。


「ほれ、がんばれ、がんばれ」


 ヒヨコは私の頭の上で跳ねた。前足の爪が若干頭皮に刺さる。


 そうだ、精霊研究所に行って助けを求めよう。そう思ったけれど、本当に要領の悪いことに私は研究所の反対側、城門の方に走ってきてしまっていたのだった。


「もうだめだ」


 冷静になると、今まで恋人どころか好きな人すら居た事がない。見た目がコンプレックスで、接近するとそれに言及されるのが嫌で、ずっと異性との接触を避けてきた。


「危機のときこそ、運命的な出会いがあるはずだ。諦めずにがんばれ」


「もうやだ帰る」


 一日の勤務の後にさらに走り回り、足は棒で汗だくで、前髪がおでこにべったり張り付いている。おまけに喋る鳥までくっついている。この状況で付き合ってくれと言われて了承する男性がいるだろうか? いたとしても、相当変な人だろう。


 むりやり恋人を作って生き延びるなら、潔く死んでやる。このやけくそ感も、勇気の出る魔法のなせる技だろうか?


「おい、がんばれ。反対側もあるだろ」

「もういいよ」


 私は城門からふらふらと外へ出た。どう考えても間に合わないけれど、とりあえず実家へ向かって歩いてみよう……。


 堀にかかった石橋を渡る。忙しなく人々が行き交っている。


 走らずに遺書でも書いておくべきだったかな。


 そう思うと、急に全身の力が抜けてきて、へたりこんでしまった。ああ、私の人生って一体なんだったんだろう……。


「大丈夫ですか」


 こんな私に、声を掛けてくれる人がいた。 思わず顔を上げると、見覚えのない人だった。この時刻に王城に戻ってくるとなると、彼も城内に住み込みで働いているのだろう。


「ミルカさん、どうしたんですか、そんな顔をして。それに、その頭の……」


 すごく優しそうだ。もしかして。もしかして、この人なら? 諦めたはずなのに、すがるような気持ちが湧いてきた。


「あの」

「はい」


「恋人はいますか」

「いいえ」


「急なお願いなんですが……私の恋人になってくれませんか?」

「はい。喜んで」


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