1
いつも通りの同じ服、同じ仕事。不満はない。誰にでもできる仕事だが、誰かがやらなくてはいけない。待遇もよく、仕事仲間にも恵まれている。
刺激はないが、求めてもいない。私はこの世界の主人公ではないからだ。少しばかり変わった瞳の色をしているが、それとこれとは別問題。
私は平凡なお城のメイドだ。
今日の仕事は寮周辺の掃除。枯れ葉を箒で集めていく。庭師の仕事を手伝うのも、メイドの業務の一環である。
私はまだまだひよっこだ。お城の中での仕事はもっといい家のお嬢さんか、一通り経験を積んだ熟練者のすることだ。
花壇の縁のレンガが欠けているのを発見し、報告するためにメモを取る。そんな事をしていると、強い風が吹いてせっかく集めた葉が散ってしまった。
「信じられない……」
どうして私はこんなに要領が悪いのだろうと気分が落ち込むが、自分のせいなので仕方がない。さっさと片付けてしまおう……。
ぐしゃりと、小さく残った枯れ葉の山を踏みつけ、箒に手を伸ばす。
「ぐえ」
……変な音が聞こえた。聞こえてしまった。
「ネズミ?」
足下にいやな感触があった。 困る。今日は本当についていない。朝から寝癖はひどいし、先ほどはエプロンにシミを見つけてしまったし、極めつけにこれだ。
「やってしまったか……」
葉っぱとネズミの死骸は捨てるところが別だ。生きて逃げてくれていればいいけれど、もし今の衝撃でお亡くなりになっていたら、焼却炉まで私が『送迎』しなくてはならないし、夜は教会で小さな命を奪った事を懺悔をしなくてはいけないだろう。
はぁ、とため息をついてバケツとスコップを探しに行こうとしたその時。
「お前、俺様を踏みつけた上にネズミ呼ばわりしたな」
声が聞こえた。
誰かが私をからかっている。そう考えあたりを見渡すが、驚くほどに人影はない。この場には私しかいない。
「極めつけは無視。ニンゲンってやつは、どいつもこいつも」
がさがさと音を立てながら枯れ葉の山から這い出てきたのは、目にも鮮やかな──花の髪飾りか、出店の綿菓子か。とにかく、そのぐらいはっきりとしたピンク色のヒヨコだった。
誰かがいたずらで着色したのかもしれない、かわいそうに。雛とは思えないほど目つきが悪くて、人間なんて信じない。そんな事を言い出しそうな、やさぐれた顔をしている。
「なんとか言えよコラ」
「わっ、喋った」
「どんくさいやつだ。ところで、お前、俺様を踏みつけた上にネズミ呼ばわりしたな?」
「すみません」
ヒヨコが喋っている。いたずらか幻覚幻聴の類いではないのなら、これはきっと人間より上位の存在、精霊の一種かもしれない。
精霊は実在する。専門の研究機関もあるし、伝説、伝承、現在進行形で存在が確認されている。ただ、視える人と視えない人がいて、私は「視えない」方のはず。
「ふん。お前、名前は」
「ミルカです」
「ふん。まあまあときめく名前じゃないか」
「はあ、どうも」
ヒヨコは私を睨み上げ、足の爪でぎぃーっと革靴に傷をつけてきた。理不尽だ…… 。
「お前、恋人いるか? 好きな相手は?」
どうしてそんな個人的なことを初対面の……ヒヨコ? に言わなければいけないのか。私が不満を感じて黙っていると、彼は「無し」と解釈した様だ。間違いはないけれど…….。
「よし。今お前に『日没までに恋人を作らないと死ぬ呪い』をかけた」
「は?」
「俺は精霊樹から生まれた精霊だ。ミルカ・クロッカス。お前は今日、太陽が沈むまでに恋人を手に入れなければ心の臓が破裂して死ぬ」
ヒヨコは何でもない声で──まるで、これから水を飲む、ぐらいの簡単さで私を呪ったと告げた。