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大きな拍手を背に舞台を降りた吉田は、シャワーを浴びたかのように汗でびしょぬれで、上半身はてかてかと光り輝いていた。
「はい」
女の声に、反射的に手を出した吉田は、自分の手の上に乗せられた白いレースのハンカチに驚いて、思わず手を引っ込めた。
レースのハンカチは受け皿を失い、咲き終えた椿のように落下した。
「あ、ご、ごめん」
拾おうとした吉田の手に、女の手が重なる。思わず手の持ち主の顔を見て、気づいた。
さっき客席にいた女だ、愛の席のずっとずっと前の、最前列にいた、和服の女。
愛、と思った瞬間、慌てて手をひいた。
和服の女は意味有りげに微笑んだ。
途端に背筋に冷たいものが走る。もう汗は出ない。むしろ寒いくらいだ。
この女、見たのは今日だけじゃない。
吉田はライブの度に、その女が最前列にいたことを思い出した。同時に、ファンは大事にしてくれと言う、ユースケの言葉も。
和太鼓を叩く以外に興味がない吉田にとって、マネージャーのユースケはとても頼りに
なる男だ。そのユースケが言うことに間違いはないと、なるべくファンには親切にしてきたつもりだ。でも愛は、機嫌悪そうにこう言う。
「真人は隙がありすぎるのよ」
女じゃあるまいしと、吉田は笑ったが、それでも愛は怒って文句を言う。女はその背中にほれるんだから、私が大事ならそこんとこ、ちゃんと気をつけてよね。
吉田はなるべく愛の機嫌を損ねないよう適当にあしらったが、愛が言いたかったのはこういう事かもしれないと、気づいた。
誤解されているかもしれない。
吉田の脳裏に、怒った愛の顔が浮かぶ。ここはちゃんとしないといけない。
レースのハンカチを拾うと、女に手渡しながら言った。
「俺、そんな気、ないから」
吉田の言葉は、思った以上に大きくハッキリと聞こえた。
柔らかかった女の表情は一変したが、吉田はもう女を見ていなかった。




