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 気がつくと吉田はビールを片手に一人、天上山公園を上っていた。


 何をやっているんだろう。

 

 そうは思うものの、ビールを飲めば全てがどうでもよく思えてくる。


 カチカチ山から見える富士の姿は昔から何一つ変わっていない。


 人が一人死んだくらいで世界は変わらないのだ。


 大事な愛はどこにもいないと言うのに。


 目の前をまた黄色いものが飛んでいった。


「あ」


 吉田の目は今度こそ蝶だと認識した。


 そのまま導かれるようにその一匹の蝶についていく。


 木の生い茂った山道をふらふらと蝶について上り、どんどん奥へと導かれて行く。


 カチカチ山ってこんなに山だったか? クロツバラを植えるとか愛は言っていたが、こんなんで植えられるのか? そもそも一本も植わっていないが、フィールドワーク出来るほどヤマキチョウがいるのか?


 それに応えるかのように蝶が吉田に近づいて来た。


 バターというよりキャベツみたいな羽だ。黄緑色の羽は光によって金色に輝く。一枚の羽にかろうじてついている赤い点で、ヤマキチョウとわかる。キャベツの炒め物にピンクコショウを振ったみたいだ。


 そこでやっと腹が減っていることに気づき、そういえば最後に食事をしたのはいつだったか、なんだったのか、そんなことを考えていたら、ふっと目の前が開けた。


 そこは見晴し台とは異なり、下草の生えたちょっとした広場のようだ。


 ヤマキチョウが何匹も舞っている。


 まるで黄色い雪のような幻想的な景色に、吉田は我を忘れて見入った。


 雪の中で愛が手招きしている。


「愛!」


 吉田は缶ビールを投げ捨て、愛に駆け寄った。


 しかしそこにいたのは会いたかった愛ではない。


 虫取り網を乱暴に振り回している若い女の子だった。


 吉田は我に返った。


 見ると女の子はヤマキチョウを捕まえようとしているようにも見える。愛がいたら激怒しているだろう、全滅させる気かって。


 吉田は愛の代わりに女の子を止めなければと思った。


「君、そこで何してる?」


 女の子は振り向きもせず虫取り網を振り回している。しかも裸足だ。


「何って、見ればわかるでしょ。昆虫採集よ」


「昆虫採集……ヤマキチョウをか?」


 女の子はようやく振り返り、不審そうに吉田を見た。


「誰、おっさん」


 おっさん、と呼ばれたことに一瞬怯んだものの、それはダメだと虫取り網を奪い取った。


「返せよ」


 女の子は吉田から奪い返そうと虫取り網を掴んだ。


「ヤマキチョウは絶滅危惧種なんだよ。勝手に採ったり、いたずらしてはダメなんだ」


 愛からの受け売りだが、きっぱり言った。


 女の子はふんっと鼻を鳴らす。


「まだ絶滅してないよ」


 そういって虫取り網を強くひいた。


 吉田も負けじと掴んで離さない。


「だから研究してんじゃん」


 双方譲らずにらみあう。


 吉田は愛との喧嘩を思い出し、なんだかおかしくなってきた。


 女の子もぷっと吹き出した。


「てかおっさん、すげー。ヤマキチョウ知ってるなんて」


 吉田はちょっと照れて虫取り網を返すとビールの缶を拾った。飲みかけのビールはすっかりどこかへ吸い込まれ、空っぽになっていた。


「もうやめて帰ろよ」


 吉田はちょっと大人らしく言った。


 女の子はへーいと生返事をしていたが、吉田の背中から虫取り網を振り回しているような音が聞こえてきた。


 女の子の態度に呆れたものの若者なんてこんなものかと思い返した。愛も昔はこんな感じだったかもしれない。


 吉田はまた愛を思い出して辛くなり始めた。


 紛らわそうと空を見上げた。空には大きな黒い雲が浮かんでいる。


 雨になるかもしれない。


「おい」


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