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12

 拝殿をぐるりと回ると、緑豊かな奥庭が広がっている。


 澄んだ空気はより神聖さを含んでいて、思わず口を押さえた。


 ビールを飲んでしまった自分を悔やんだ。しかも更にビールを持っている。


 俺は一体何をやってるんだ。


 夫婦の杉の木はすぐにわかった。しめ縄で囲まれており、二本かと思いきや、根元が一本につながっていた。杉の前にはふた柱の杉と書かれた札が立っている。


『イザナギ、イザナミ、二柱の尊に称え奉る』


 恋人同士が互いに杉の周りを歩き、出会ったところから二人で一緒に杉の木の間を歩くらしい。その歩く軌跡はまるでハートの形のようで、縁結びのスポットとなっているそうだ。


 そういえば愛がこんなことを言っていたと急に思い出した。


「先に死んだイザナミに会いたくてイザナギは黄泉の国まで訪ねたけれど、もし死んだのが私なら絶対イザナギに会いに戻る」


 胸がぎゅっとしめつけられ、足元がふらついた。


 思わず杉の木に手を伸ばす。


 手に触れた杉の木の肌は何があったのか大きく傷ついており、修復されていた。


 こっちの木がイザナミなのかもしれない。


 杉の木だって治療して連れ添っているのにどうして俺は一人なのか。


 吉田が杉の木をじっと見つめていると携帯がまたも鳴りだした。


 鳴り止まない携帯にイライラして、とうとう出ることにした。


 携帯の黄色い蝶のストラップが、激しく揺れる。


 タツと書かれた画面を見て、やはり出るのをよそうと思ったが、慌てたせいで操作を誤り、繋がってまった。


「マサやん」


 竜夫の声が聞こえて来た。


「タツ。何度も掛けないでくれ」

 

 竜夫は全く気にする素振りを見せなかった。


「あそこ、なんだっけ?」


 呆れて切ろうとした吉田の耳に更に追い打ちをかける。


「ほら、マサやんちの近くの川のそばで、秋にキレイな」


「……もみじ回廊?」


 つい、反応してしまい、竜夫の話術にひっかかった。


「その先、その先」


「……円形ホール?」


「そう、そこに明日、十二時な」


 円形ホール。


 ライブ。


 これはきっとライブの話だ。ようやく話が見えた。


「俺は」


 もう叩かない。


 そう言おうとしたが、電話の向こうの竜夫の気配がおかしい。


 電話が切れる。


 そう気づいて吉田は慌てた。


「待て、タツ! 俺はもう和太鼓は」


 しかし返事を待たずに一方的に切れた。届かなかった吉田の言葉が宙に浮いている。


「もう和太鼓は」


 やりたくないんだ。もう、やる意味がないんだよ。


 吉田は大きくため息をついた。携帯を持った手がだらりと落ちる。


 そうさ、俺にはもうイザナミがいないんだから。


 もう一度杉の木を見上げた。


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