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神社の社務所の中にある畳の部屋で、吉田は落ち着かなさそうに正座していた。
その部屋には大きな窓があり、そこから駐車場と境内の大きな木が見える。
宮司は吉田の前で型通りに抹茶を点てていた。
何が『道楽の気軽な茶』だ。
菓子まで用意して、立派な茶じゃないか。
吉田は目の前に置かれたまんじゅうを指でつまみ上げると、所在無さげに口に放り込んだ。
「どうぞ」
急に声をかけられ、吉田は慌ててまんじゅうを飲み込んだ。
しかし口の中の水分をまんじゅうにもってかれて、なかなか飲み込めない。
目を白黒させ、出された椀を無造作に掴むと、ぐっと飲んだ。
まんじゅうはのどを通ったが、抹茶の強烈な苦みが後から追いかけて来た。
驚き咳き込む吉田。涙目になる。
宮司は取り立てて表情を変える事なく、慌てなくても大丈夫ですよと声をかけた。
吉田はようやく落ち着くとまた茶碗に口を付けた。
今度は苦みも穏やかに感じられる。
「毎日お参りに来ていただいているようですが、ありがとうございます。お住まいはお近くですか?」
「ええ、まあ」
「この神社もありがたいことに、パワースポットに取り上げられてから、お参りに来てくださる方が増えまして」
パワースポット?
宮司と似つかわしくない言葉に吉田は少し驚いた。
「最近流行っているようですね、パワーストーンとか」
首を傾げている吉田を他所に宮司は笑っていた。
「パワー、感じられましたか?」
吉田の頭にオカルトという文字が浮かんで消えた。
「パワーというのは決してオカルトのようなものではなく、命のシャワーといいますか、太陽光みたいなものなのですよ」
「太陽……の光?」
「ええ、神のパワーは皆に平等に降り注ぐものですから。太陽の光と似ているでしょう? そもそも太陽は天照大神という神でもありますから」
微笑む宮司に吉田はなんだかイライラし、少し嫌みっぽく言った。
「それじゃあ別に神社に来なくてもいいという事ですか?」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
その時バイブにしていた吉田の携帯が震えた。しかし吉田は出なかった。
「……よくわかりません」
微笑んだままの宮司に吉田は仕方なく言った。
訪れた二人の沈黙の間で携帯はしつこく鳴っている。
もう帰ろう。そう思ったとき、宮司が口を開いた。
「……この木、見えますか」
宮司は傍らの大きな窓から見える木を指差した。
さっき宮司が茶を立てている間に吉田の目に入った木だ。
「木が大きくなれるのは神のパワーを浴びているからです。でもこの樫の木はこの社務所にぶつかって成長が止まっています」
吉田は樫の木をよく見たがぶつかっているかどうかはこの位置からは見えない。
この先にぶつかるということだろうか。
樫の木は人間の作った建物のせいでその成長を妨げられているのだ。
神のパワーがあっても仕方のないことだということなのか。
「なので屋根を少しずつ削って、場所を作っています」
宮司は笑顔で続けた。
「一度止まってしまっても、スペースをあければまた大きくなれるのですよ」
また携帯が震えた。
せっかくの話も台無しだ。
神聖な場を自分が汚しているような気がして吉田は恥ずかしくなった。
携帯はしばらく鳴っていたが、不意に止まった。
宮司はただ優しそうに微笑み続けている。
「杉の木はごらんになりましたか?」
杉の木? 樫の木じゃないのか?
「縁結びの杉と呼んでおりますが、夫婦の杉なのですよ」
夫婦と聞いてハッとした吉田は何か知っているのかと宮司の顔を窺ったが、宮司はやはり静かに微笑んでいるだけだった。
「良かったら是非みてやってください。きっといいパワーと出会えます」
杉の木。神のパワー。
オカルトには興味ないが、神の御利益があるのならきっとその杉の木からもらえるような気がする。
一人納得した吉田はただ黙って宮司に頭を下げた。