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 吉田の家は河口湖から少し離れた、富士山のよく見える斜面にある。


 かつてペンションだったその家は瀟洒な洋館で、二人で住むには少し広いようだったが、吉田の和太鼓の練習場と愛の書斎を用意したらちょうどだった。


 家からバス停までの間に、古い神社がある。


 愛が元気だった時からいつか行こうと思いつつ参拝できていなかったが、ある日突然神社に足が向いた。苦しい気持ちをどうにもできず、藁にもすがる思いだったのだ。


 愛にもう一度会いたい。生き返らせて欲しい、なんてことは言わない。ただ夢の中で、事故ではなく愛に会わせて欲しい。愛に会って、ありがとうとごめんなさいを伝えたい。


 吉田は毎日神に祈った。


 その日、祈りの後顔をあげると、宮司と目が合った。


 吉田が神社に通い始めてから宮司と出会ったのはその日が初めてだった。


「もし」


 そそくさと帰ろうとしたが、宮司の吉田を呼び止める声に、ちらりと宮司の方を見た。


 宮司はただ穏やかな笑顔を浮かべたまま、吉田を見ていた。


 吉田は軽く頭を下げると足早にその場を立ち去った。


 宮司の笑顔は何だか酷く不安な気持ちにさせてくる。


 吉田は気づくとすっかり早足になっていた。


 バス停をいくつか通り過ぎ、富士の姿が大きく見えてきたが、吉田はあまり目を向けないように歩き、そしてコンビニに入るとまっすぐビールを手にした。


 バス停でバスを待つ間、吉田はビールを開けた。


 プシュッという音に訳もなくホッとすると、今度は富士の姿を見ながら一気に飲み干した。思ったより大きなゲップが出る。


「真人、はしたないわよ」


 愛の声が聞こえたような気がして、口を押さえた。


 でもそこには自分と富士しかいない。


 バスは憔悴したビール男を乗せて、富士の裾野を走る。


 そしてまた神社が見えて来た。


 吉田は神社の少し前で躊躇した。


 また宮司に会っちゃうんじゃないだろうか。そしたら今度は宮司との会話が待っているのではないか。


 でも話したくない。


 果たして神社の前に宮司はいた。


「もし」


 宮司は、お時間があるならば茶でもいかがかなと言った。


「私が道楽で淹れる茶なのでたいしたことはありませんが、一人で飲む茶はいささかさみしいので付き合っていただけると嬉しいのだが」


 吉田が断ろうと首を振りながら口を開くと、宮司に遮られた。


「木花咲耶姫様からの礼だと思って是非」


 この神社は木花咲耶姫をまつっているのだ。


 吉田ははっとして神社の入り口から中を見た。


 鳥居の奥は透き通るような空気に包まれていた。

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