アンヌ王女
「控えよベルモンド。この方こそアンヌ王女であらせられる」
実直かつ沈毅そのものと思われていた叔父のナタンが語勢を強くして言ったことによりベルモンドは無意識に貴人に対する拝謁の礼を取った。
「よい。ナタンよ。わたしはそこなる男とふたりで話をしてみたい。しばし席をはずせ」
「は――」
ナタンはまったく感情の読めぬ声でそう言うと、ベルモンドに目配せをしてきた。
――なるほど、アンヌ王女ね。
てきぱきと負傷した男たちを連れ出すようテオドールが駆けつけた吏員に指示を行っている。
一瞬だけベルモンドと目が合ったとき、テオドールを眼で「許せ」とばかりに謝罪の色を濃くしたので、おとなげない振る舞いや態度を露にする気にはなれなかった。
「ゆきましょうベルモンド。この庭園は都市長がフライドブルク一と云われている庭師に丹精を込めて作らせた場所です。散策をするには最良」
街中で会った時と同一人物とは思われぬほど、アンヌの態度は堂に入っていた。
転生前では将官にあったベルモンドであるが、王の一族に連なる姫と変な意味ではないがふたりきりになったことはなく、こう改まられて余人を介さぬ状況になると緊張せざるを得なかった。
衣装を変えて特注の装飾品で装い、隙のない化粧を施した王女はやはりベルモンドが普段見ている女子衆とは別格だ。
刈り込まれた品のよい低木と花々に視線を向けながらベルモンドはアンヌの背後をそろそろとつき従って歩いた。
「――このくらいでいっかな」
聞き違えかな?
「ごっめーん。マジ、勘弁ね。ベルモンドのこと疑ったわけじゃないケド、一応は実力見たかったのよね。ホント、許してえ」
振り返ったアンヌは市井で会った時と寸分違わぬ軽い調子でまくし立ててきたので、ベルモンドは気を遣っていたのがアホらしくなったが表情には出さなかった。
「ね? おねがーい」
アンヌはウインクしながら顔の前で絹の白手袋を「ぱんっ」とあわせてごめんネを連発している。
「力を知りたかったと申されれば臣はなにも言えません」
「あ、あらら。怒っちゃったのお? いっしょにお茶した仲じゃんか。つれなくしないでよう。アンヌ、マジかなしいなー。ぴえん」
「お気になさらず王女殿下」
「あ、そういうかたっ苦しいのわたし嫌いだなー。この前みたく、フランクにお喋りしよっ。ねっ、いいじゃないの」
ニヤニヤしながらアンヌはベルモンドの肩に腕を回してくる。
「……」
「ようし、ほいじゃあ無礼講にしましょ。これは王女さま命令でーす。ベルモンドはわたしとふたりきりのときは敬語はなしね。いつもみたくね」
「いつも、というほどには会っていないだろうが」
「そ! やればできるじゃん」
アンヌはベルモンドの苦り切った顔がゆるんだことを目にすると、心底楽しそうに笑みを浮かべた。
――ま、人の上に立つ王族の自由のなさはわからんでもないがな。
「アンヌ王女だからアン、か。偽名にしては安直すぎだな」
「ひどっ。いきなり遠慮なしなの?」
「もうちょっと脳みそを活用させたほうがいい。老いは頭と足からくるぞ」
「ちょ! そこはもうちょっと包んで!」
「かようなことを話すために王女は私を呼んだのではありますまい。前置きは必要ありません」
ベルモンドが襟を正すとアンヌはムッとした顔で膨らんだドレスの袖をひらひら舞わせた。
「また、かたくるしい口調になってる。ま、いいわ。実際のところ、貴方、騎士ベルモンドという男の器量を見てみたかったのよ。貴方を襲わせた男たちはわたしの親衛隊よ。剣も体術も一流。事実、刺客から何度もわたしの命を救ってくれたわ。それを貴方は子供をあしらうように倒してみせた。街の荒くれ者をいなすのとはわけが違うわ」
「王女殿下はお忍びでああして……?」
「ん? あれね。あれは気分転換よ。それにわたしがここの領主で王女だなんてなかなかバレないものよ。驚いた?」
「お節介ですが、ほどほどにしておいたほうがいいかと」
「なーんでよ」
「おつきの者の苦労が忍ばれますのでね」
「うるさいんだからあ。あ、そだ! 今度わたしがおでかけするときベルモンドがつきそってくれればいいじゃない!」
「ンなアホな」
「決定。けてーい。これ王女さま命令だかんね? 拒否は許しませんからね」
アンヌはそういうと人差し指を立てて「めっ」とベルモンドを睨む真似をしてみせた。
四阿には丸太を斬り倒して作ったベンチが置いてある。
アンヌがちらりとそちらを見たのでベルモンドは紳士の嗜みとしてハンカチを置き、座らせた。
庭には人工的に作られた小川が流れている。
人の手が入っているとは思われない造作の巧みさだ。
ふたりはしばらく黙ったまま、その、清い流れを見続けた。
「んー、その、あれよ。実際、わたしが信用できる人間てあんましいないのよね。こんなだし」
「こんな、とは?」
「……わたし、十八までは普通に街で暮らしてたの。王女といっても母は下級の女官だしね。フライドブルクの生まれじゃないから、心底頼れる家臣もいないの。地元の名士で領内の仕置きを手伝ってくれるテオドールや都市長は良くしてくれるけど、どっちかっていうと、歳が離れすぎててさ。なんでも話したいけど、うーん、て感じ?」
「どうして私に目をつけたのですか」
「だって、盗賊団をやっつけたり、ドラゴン退治の英雄だなんてすごいじゃないの!」
「完璧に話題先行ですな」
「でも、でも、だって。けど、ベルモンドは会ってみてすっごく楽しかったし! 強かったから、わたしの力になってほしいなって思ったの。……だめ?」
高貴な血筋を思わせる美しい風貌とどこにでもいるような街娘のような態度がアンバランスであったが、このように上目遣いで頼みにされて袖にできるほどベルモンドは達観していなかった。
「まあ、私は臣ですからな。できうる限り力になりますよ」
「よかった……」
ホッと安堵した表情は切なげで、王女の心中を的確に表していた。
年甲斐もなくくすぐったい気分になったベルモンドはもみあげの部分を指でがりがりとやって明後日の方角を見る。
アンヌの自分を見つめる視線には気づかないふりをした。




