呼び出し
ベルモンドは女給が運んできた熱い紅茶をひと息に飲み干すとカップをテーブルに叩きつけた。
「はい飲んだっ」
「うっわ、めっちゃ投げやり。あ、おねーさん。この人紅茶お代わりねー。ケーキもよろしくです」
アンはひらひらと手を振るとドン引きしている女給にお代わりを頼む。
「……一杯だけって言ったはずだが」
「そんなぁ、つれないこと言わないでよう。トークしようよう、トークトーク。わたしのような美女とのストロベリートークはお嫌い?」
「雨はいつ止むんだ?」
「うっわ、ベルモンドさんマジわたしとのコミュニケーション拒否しとる。ね、ねえ、本当にわたし、自分が心配になってきたんだけど」
「気にするな。性分なんだ。それにアンは俺の品評なんぞ気にすることはないぞ。きみは王都にも中々いないくらいの滅法すこぶるつきの美女だ」
転生前は世間で噂になった娼妓を山と見ているベルモンドが言うセリフは真に迫っていた。
「わ、あ、うー」
一方、面と向かって褒められたアンはカッと頬を朱に染めて視線をさまよわせている。
それから両手で自分の顔を挟み込み、長い両足をテーブルの下でバタバタさせた。
「え、あぁ、普通そういうこと言う? ベルモンドって、やっぱ英雄って言われるほどはあるねー。このスケコマシー、えろー」
「きみはもうちょっと言葉遣いを改めたほうがいいな」
「でもでもー。そんなふうに男の人に褒められたの、初めてだし。えへへ、社交辞令じゃなくてそういうふうに言われるのはなんか、やっぱりうれしいな。うん、この点数稼ぎめ。わたしのケーキちゃんのイチゴをあげよう」
「フォークが刺さるからやめてくれ。おい、躊躇なく瞳を狙うな」
アンはうりうりとベルモンドに向けていたフォークをしぶし自分の皿に戻す。
「もう、弱虫さんなんだから。あ、そうそう。で、なんの話だっけ? ああ、そうそうベルモンドは歳幾つなの?」
「なんだかよくわからないが、十九だが」
「えっ……わたしよりみっつも下なの? どショック!」
アンは両手を前に突き出して大仰に驚いていた。
「案外、歳いってるんだな。おい、なぜ怒る。俺は事実を申したまでだ」
「最悪ー。最悪ー。男は女性に歳のこと言っちゃいけないんだよう。これは、教育が必要ですな」
「なんなんだ……」
――その後、小一時間ベルモンドはアンのたわいない世間話につき合わされ、解放されたときには夕方近くになっていた。
「じゃねー。またどっかで会ったら遊ぼうねー」
「二度とつき合うかよ」
アンは喋ることでストレスをすべて吐き出したのか、上機嫌で手をフリフリしながら去っていった。
(つ、疲れた。なんだ、この徒労感は……今日は厄日だ)
ベルモンドは詰所に戻って残務処理を素早く終えて、この日ほど早く帰宅したいと思わなかったことはなかった。
ウィスタリア屋敷よりナタンとベルモンド宛に呼び出しがきたのはそれから数日後のことだった。
「ここがご領主である王女の政庁に当たる場所ですか」
ベルモンドは叔父ナタンの供をしながら屋敷の門をくぐり抜けあたりを見回した。
「そうだぞベルモンド。わたしもよほど用がない限りここにはあまり来ないからな。そういえば、屋敷に足を踏み入れるのは初めてだったか。ははは、だが、おまえの知っている王都に比べれば貧相でびっくりしただろう」
「いえ、さすがに王都比べれば小造りですが、品があり涼やかな気が満ちています」
フライドブルクは城郭都市であり、ウィスタリア屋敷はその高い壁の中央に位置する心臓部にあたった。
ここには王女から任命された都市長と吏員がフライドブルク領の行政を一手に捌いているのだ。
「ここにご領主である王女殿下がお住まいとは。納得です」
屋敷は、手入れが行き届いており、チリひとつない。
ベルモンドたちは、他日の【明けの明星】討伐における話を領主である王女から直接聞きたいとの旨により呼び出されたのだ。
「王女殿下は屋敷ではなく離宮に住んでいらっしゃる。失礼のないようにな」
「はい、叔父上」
ナタンは幾度か来たことがるので、案内の吏員を断り迷うことなく先に進んでゆく。
――妙だな。
ベルモンドはひくひくと鼻を蠢かせて風のにおいを嗅いだ。
あり得ないはずだが――。
闘争の気を感じるのだ。
獣が敵を襲う時に発する、ツンとする独特の臭気を受けてベルモンドはあからさまに顔を歪めた。
それに気づいたナタンが、
「どうしたベルモンド」
「来ます」
声をかけた瞬間に、あたりの茂みから五つの影が飛び出してきた。
一様に黒い覆面とマントを身に着けている。ナタンはさすがに麝香騎士団の長であって素早く抜剣するが、敵影の移動スピードのほうがはるかに優っている。
ナタンはひとり、乃至、ベルモンド以外の供を連れていたのであれば、刺客の手によって討たれていただろう。
だが、ベルモンドは軍神とまで呼ばれた骨の髄まで闘争が染まった戦士である。
素早くナタンに狙いをつけた男に向かって引き抜いた長剣を投げた。
刃は男の肩口に刺さって動きを止めた。
同時にベルモンドは半円状に自分を取り囲んだ男たちが手にした剣に視線を転じ、薄く笑った。
「ベルモンド、わたしの剣を使え」
「いえ、叔父上はそこで見ていてください。すぐ終わらせます」
鞘を手にしたベルモンドはほとんど躊躇なく四つの敵影に飛び込んでいった。
その素早さは刺客たちの想定をはるかに超えたものであり、見ていたナタンの目にも止まらなかっただろう。
ベルモンドは駆け抜けながら、まずふたりの男の脇腹と胸に打撃を加えた。
鞘だけといっても丈夫な鉄でできている。
まともに打ち込まれれば、場合によっては即死しかねない破壊力が籠っている。
ふたりの男が暴風にあったように弾き飛ばされる。
次の瞬間、ベルモンドが身を低くして鞘を男の手首に繰り出した。
固い音が鳴って男の手首の骨が割られる。
残ったひとりの前にベルモンドが立った時、勝敗は決した。
肩を真正面から強打された最後のひとりは絶叫を上げて仰向けに吹っ飛んだ。
覆面から覗く白目と口元から吐き出されるカニのような白い泡で、男が戦闘不能に陥ったのは明白だった。
「――で、このような茶番、なにゆえ必要だったのですか」
ジロリとベルモンドが睨むと、近くに建てられた白い四阿の樹の陰からふたりの人物が姿を現した。
そこには純白のドレスにプラチナのティアラが良く似合うアンと、軍盤の供であるテオドールが立っていた。




