知友
「ありません」
――四半刻後。
蒼白な表情のテオドールを前にベルモンドはほっと息を吐き出し、安堵していた。
(この男、メチャクチャ強い。かなりやり込んでるな。しかし、俺程度に負けるなんてまだまだだな)
勝ったとはいえベルモンドとテオドールの腕の差は、頭一つ分程度だろう。
気を抜けばベルモンドが自陣をメタクソにやられていたのは間違いなかった。
「い、いや、お強いですね。ベルモンド殿。ここまで短時間でハッキリ負けたのは、十数年ぶりですよ」
「まあ、たかが遊戯ですから気になさらず」
と、脂汗をかいているテオドールを前にベルモンドはかなり気分を良くしていた。
(てか、オッサン、狭い世界でイキっていたのだろうな。なんにせよ、負けるより勝ったほうが気分はいいな)
「いやあ、まさかベルモンド殿が、ここで戦車を入れてくるとは思いもしませんでした」
「いや、テオドール殿の騎兵の使い方には感心しました。私にはない思考法です」
妙にウマが合ったふたりはベルモンドの仕事を終わるのを待って、食事に出かけた。
肴は昼休憩時に行った軍盤の感想戦である。
ベルモンドが故あって禁酒していることをテオドールは聞くと、
「いえ、わたしも下戸なのでちょうどよいです」
といって、もっぱらガブ呑みするのは茶だけになった。
「あーあ、ちょくちょく来てくれるのはうれしいんだけどさ。ベルモンド連れてくんのはオッサンばっかだよねー」
毎度おなじみの三日月亭で女給のべレニスが呆れたように言った。
「ベルモンド殿、すまないですね。このような中年が相手では楽しくないでしょう」
「いえいえ。この娘のことはお気になさらず」
傍から見れば親子ほど年齢差のあるふたりであったが、転生前の年齢を考えればベルモンドとテオドールはほぼ同年代である。
「ねえ、ベルモンド。もしかしてアンタってあっちの気があるの」
「ない。それはない」
ニヤニヤするべレニスに突っ込むベルモンドだが、テオドールはそのやり取りを見て、楽しげに表情をゆるめるだけだった。
このように奇妙な出会いを経たが軍盤をきっかけにふたりはうちとけ、テオドールもベルモンドの家を訪れるようになった。
妻であるジャクリーヌの手料理に舌鼓を打ちながら会話に興じる。
貴人であるのに違いはなかった。テオドールの教養は実に深かった。
話題の小説や詩に関して、ベルモンドをそっちのけでテオドールとジャクリーヌは仲良く語り合っていた。
(ちょっと寂しいぞ)
疎外感を味わうベルモンドであった。
「それにしてもテオドールさん。あなたのお友だちにしてはずいぶんと年上ね。どういう縁でお知り合いになったの?」
ジャクリーヌが紅茶を淹れながら訊ねてきた。
「……そうだな。いきなり話しかけてきた」
「は?」
「で、軍盤をやるようになって、親交を深めた」
ポカンとしたジャクリーヌは頭上に?を浮かべながら混乱しつつも、
「そ、そう」
と言うのが精一杯だった。
(俺も言ってておかしいと思ったからな。彼女の反応は至極真っ当だ)
「けど、軍盤ねえ。そうだ! わたしにもやり方教えてよ。わたしもやってみたいっ。自分たちばかっりずるーい」
「ずるーい」
姉を真似してベルモンドの膝に居たマリーヌも「いーっ」と自分の口元を左右に引っ張っている。
「構わないが」
「やったやったー」
「やたー」
ジャクリーヌには日に日に明るさが戻り、今では家族でいる時は遠慮なしの言葉遣いをするようになった。
(たぶん、これが彼女の地なのだろう。ほとほと罪深いやつだったんだな、ベルモンドってやつは)
ちなみに彼女とはマリーヌが同じ床で寝起きするようになってから、一度も情を交わしていない。
ベルモンドはしどけないジャクリーヌの寝姿が目に入るたびに発狂しそうになるが、タイミングを逃すと、色々と「難しい……」ことを認識させられた。
(やはり俺は辛抱強いな。夫婦的には褒められたことじゃないが)
ちなみにジャクリーヌは軍盤のルールを覚えたが、ベルモンドとは数戦やっただけで飽きた。
(ま、女子供が嵌る遊びではないしな)
若干、寂しさが募るベルモンドだった。




