完全決着
トンビが天高く舞っている。
「おー、今日は晴れかな」
見上げた空は雲ひとつない蒼穹が広がっていた。
午前の搬入を終えた南門でベルモンドはひと息つきながら城外の様子を眺めていた。
先日の偽勇者一行事件以外にここのところ特筆する厄介は起きていない。
門を通行する商人たちもベルモンドが用心棒を懲らしめた一件からすっかりおとなしくなり仕事はやりやすくなっていた。
「ベルモンド、少しよろしいでしょうか」
「うん、パトリシアか。なにかあったのか」
やけに緊張した表情をしているのでベルモンドはゆるめた気を引き締めた。
(またぞろなにか問題でも起こったか?)
となるとお得意の荒事だ。
平穏に退屈していたベルモンドは正直なところなまった身体を動かしたい気分で一杯だった。
「そろそろ約束の一カ月ですね」
「一カ月……?」
「なんですか、その生まれて初めて親以外の生物を見たかのような表情は……約束したじゃないですか。一カ月経ったら剣による決着をつけましょうと。忘れたとは言わせませんよ」
――完全に忘れていた。
事実ベルモンドの記憶にはそのような些末事は一ミクロンも残っていなかったのであるが、目の前の鬼気迫る表情のパトリシアに真実を告げると「クチュクチュクチュ」と出刃包丁で脇腹を無限に刺されそうだったので、言葉を差し控えた。
「わかったよ。それじゃあ前と同じく練兵場で構わないか」
「いえ、あそこは無用の野次馬や邪魔が入らないとも限らないので、そうですね……城外に人気のない花畑があります。あそこならば広さもありますし、できれば」
「わかった。俺はどこでもいい」
「それほど時間はかかりません。昼休憩が終わるまでには詰所に戻れるでしょう」
ベルモンドは足早に先を歩くパトリシアを見ながら複雑な胸中だった。
以前ならば、良く知らない間柄であったので、特になんら考えず立ち会うことができたのだが、今は違う。
なまじ、彼女と仕事を密に行ってきただけ、心情的には迷いが生まれていた。
ベルモンドの唯一の欠点は家族や既知の友人や同僚に弱いということである。
一軍を率いる将としては大きな欠陥であり、前世では敵軍にあった旧知の友でもある将の首を討てる場面で見逃したことも何回かあり、そのことで降格を受けたこともあった。
パトリシアはふたつの木剣を抱えており、決着を引き延ばすということはまず不可能だろう。
(彼女のプライドを考えれば敢えて負けるということは絶対にできないからな)
ベルモンドが視るところパトリシアの剣技は騎士団の中でも隔絶している。
ひと月前より桁違いに能力が向上していたとしても、それでもベルモンドには及ばないだろう。
――結局、白黒ハッキリつけなければどうにもならないのだろう。
「さあ、ここでいいでしょう」
パステルカラーのリナリアが咲き誇る花畑を右手に見て、ベルモンドとパトリシアは向かい合った。
互いに固く磨き上げた木剣を手に対峙する。
彼我の距離は七メートルといったところか。
踏み出せばすぐにでも必殺の距離となる位置だった。
平正眼に構えるパトリシアの筋肉に無駄な緊張はなくリラックスしており、目に灯る静かな闘気からコンディションは最高であると窺えた。
おそらくは、今日という日のために研鑽を続けてきたのだろう。
対するベルモンドはだらりと剣を下げ、どのような動きにでも応ずることができるようになっていた。
試合とはいえ、手にした木剣は打ちどころが悪ければ即死も当然の凶器である。
本来であるならば騎士の立ち合いなどは真剣で行うのがあたりまえなのであるが、パトリシアはベルモンドが拒否することを事前に察知して木剣を用意したのであろう。
――戦いは一撃で決まる。
互いに理解していた。
ベルモンドの顔から表情が失せる。
潮合が極まった。
「やああっ!」
彼我の距離を一瞬で詰めてパトリシアが打ちかかってきた。
駆け引きもない、正真正銘の正面攻撃だ。
騎士として、そして一介の剣士としての意地と気迫をそこに見た。
――素晴らしい。
頭上から振り下ろされる彼女の斬撃は非の打ちどころがない、速度と破壊力の乗った最高のものだった。
だが、悲しいかな。
その一撃はベルモンドの反射神経を上回るものではなかった。
ゆらり、と。
あくまで自然体から右腕を振り上げるとベルモンドの長剣はパトリシアの一撃を打ち返した。
インパクトの瞬間まで鍛えに鍛え上げられたベルモンドの目にはハッキリと映っていた。
刃と刃が合わさり固い金属音がキーンと鳴り響く。
まさか、というようにパトリシアが驚愕の表情でぽっかりと口を大開にするまでスローモーに見て取れた。
彼女の真っ白な歯と赤い舌のコントラストまでが冷静に網膜で捉えることができる。
時間が戻る。
ベルモンドは長剣を振り上げた状態で――。
パトリシアは前回の立ち合いと同じく両手になにも持たぬ姿でやや前のめりになり硬直していた。
技量の差は一目瞭然である。
「ま、まいりました」
降参の言葉を口にしたパトリシアの表情はベルモンドが危惧していたものとは違い、どこか吹っ切れたように清々としていた。




