悪党退治
――さあ、ここからが悪党退治の真骨頂だ。
ベルモンドは特に気負いを持たず、木の葉亭の正面から堂々と入城した。
「誰かいないのか」
窓枠がビリビリと震えるほどの大声だ。
戦場で二十数年鍛えた声は、女子供ならば卒倒してもおかしくないレベルであり、ほどなくしてパタパタと髪を乱したアリスンが姿を現した。
「あの、申し訳ありません。ただいま、宿は取り込んでおりまして新規のお客さんは受けつけていないんです」
主であるトールが臥せっており、今後の見通しも立たない状態ではそういうしかないだろう。
「ほう、そうきたか。なんでもここはすぐれた娼妓を出すと聞いてやってきた。客の姿を見て差別をするとは男として我慢ならない」
「はぁ……?」
アリスンは強烈な困惑顔になった。
(よし、イイ感じで恐怖が描けているぞ)
ベルモンドの変人度も相当なものだった。
「あの、ちょっと勘違いなさっているのでしょうが、あの人たちは勇者さまたちをお慰めするため特別にですね」
「いいや許さんぞ。娘よ。こうなったらおまえに責めを負ってもらおうか」
やおらアリスンの腕を引くとベルモンドはたやすく戸外に出た。
「え、ちょ、なに……? きゃあ!」
アリスンからしたらベルモンドの言葉の意味は理解不能だっただろう。
あたりまえである。
理屈などはどうでもいいのだ。
グイグイと腕を引っ張られ困惑から恐怖へとアリスンの表情が目まぐるしく変わった。
ほどなくして悲鳴を聞きつけパオロをはじめとする偽勇者一行が外へと飛び出した。
「なんのつもりだ、キサマ!」
「助けてください勇者さま」
この一場面だけを見ればパオロが善玉に見えるだろうが、ようは一匹の獣が獲物を掻っ攫われないように本性をむき出しにしただけなのだ。
ベルモンドは口元に不敵な笑みを浮かべると、さらにアリスンを自分の胸元に引き寄せた。
「なんのつもりだと聞かれてもな。この宿にはロムレスの法はないと聞いている。こちらはおまえたちの道理に従って欲しいものを手に入れただけだ」
「なんだと……? おまえ狂人か」
「そうかな。俺が狂っているというのなら、おまえは大騙りのコンコンチキだ。なにしろ、自ら渓谷に竜を放って無知な村人を騙した挙句、やりたい放題好き放題。そして純朴な宿屋の主人を半死半生に合わせたうえに、その想い人まで寝取ろうってほどだからな」
「え、え、え? それって勇者さま……」
「う、うるさいっ。キサマ、なんの根拠があってそんなことを……!」
「歳を経た古ギツネのようなおまえなら寒村の娘ひとりを口説くことなど、想い人が半死半生の今、赤子の手を捻るより簡単なことだろう。テメェで火ィつけて消すようなもんだ。もっとも、事と次第をこのベルモンドが知った今、そんな田舎芝居はこの先続けさせるわけにはいかん」
「アリスン、嘘だ! そいつのそばにいるな! な!」
半ばパオロを信じかけていたアリスンであったがベルモンドの口上を聞くと不信感が高まったのだろうか、反射的に差し伸ばされた手の直線状から身を引いた。
パオロは激しく舌打ちすると三白眼でベルモンドを冷酷に光らせベルモンドを睨みつけてきた。
「いい目だ。実にわかりやすいな悪党」
「どこの正義感は知らねぇが、その腰に差した剣からすると地元の郷士か? もっともこの勇者パオロさまとやり合おうってのは、ちょいと相手を安く見積もりすぎだぜ」
「悪いが明日の朝も早いんでな。手早く済ませてもらう。ああ、それと。お友だちは――」
ベルモンドは背負っていた背嚢から黒ずんだ袋を取り出すと中身を転がした。
魔物使いウンベルトの首。
パオロ、アルド、ジョリュジュの表情が凍りつく。
「首になってあの世でお待ちだ」
戦いの潮合が極まった。
戦士ジョリュジュが戦斧を振りかざして向かってきた。
だが、ベルモンドは素早くジョリュジュの脇を走り抜けると同時に鞘走っていた。
「か――?」
ジョリュジュは腰を綺麗に両断されると首を落としたニワトリのように数歩駆け抜けて、どたっと音を立てて転んだ。
野太い断末魔を上げながらジョリュジュは地面を臓物と血で濡らして動かなくなる。
アリスンがたまらず自分の耳を両手で塞ぎながらその場にしゃがみ込んだ。
「影よ――」
魔道士アルドが杖を振るって幻術の魔術を唱えた。
ほとんど間を置かずアルド自身が増殖して十数体になり半円にベルモンドを囲んだ。
「ファイアーウォール!」
アルドの杖先から壁のような炎が吹き上がりベルモンドを呑み込まんと襲いかかってくる。
だが、ベルモンドは特に動揺した様子もなく手にした長剣を旋回させながら自分の身体に巻きつこうとする火の魔術をかき消してしまう。
「たいした火力ではない。子供の火遊び程度だな」
呆然としたアルドをちらりと見やると手にした長剣を投擲した。
長剣は飛燕のように素早く飛ぶと分身したアルドのひとつに喉元に突き刺さった。
長剣は鍔元までアルドの喉に埋没する。
その勢いのまま長剣はアルドを仰向けに倒して地面に縫いつけた。
「か、かはっ……こひゅっ……なんで……?」
「術者が術を使えば自ずとどこから放たれたかわかる。半人前以下だな」
絶望の表情でアルドは舌をだらりと伸ばすと絶命した。
「く、くそ、おれはロムレス認定の勇者で……」
「そんなすごい勇者だったら騎士のひとりやふたりどうということもないだろう」
「な、なんなんだよ、おまえは……」
「騎士ベルモンド。木の葉亭の主人を思う下僕の忠義に突き動かされてゴミ掃除に参った。観念しろ」
「あああっ」
やぶれかぶれになったパオロは長剣を引き抜くと打ちかかってきた。
それにはベルモンドが鞘しか手にしていないということもあったのだろうが、斬り合いになってから両者の実力は明白となった。
「さあ、どうしたどうした。腰、腰が入っていない。そんなもんじゃ猫も斬れんぞ。そうだそうだ。こんどは腕の振りが甘い。敵は待ってはくれんぞ」
ベルモンドは手にした鞘で襲いかかってくるパオロを徹底的に打ちのめした。
顔、腰、腕を手加減なしで叩く。
量産的な鞘とはいえ鉄ごしらえであり、それで打たれれば鉄棒とさして変わらない打撃力だ。
頬骨を割られ、腰を痛めつけられ、腕の骨を折られたパオロは絶叫を上げながら、次第に後退してゆく。
「遅い」
鋭い上段の打ち込みを受けパオロはぎゃお、と猫が轢かれたような声を上げ失禁した。
パオロのズボンは濡れて色が濃くなり、目つきは逃げ惑う野良犬のようにどこまでも惨めであった。
同時にかたわらに立ったアリスンの視線は泣き叫ぶパオロを酷く軽蔑した温度のものに変わっていた。
「どうやら稽古をつけても無駄のようだな。おまえの剣には絶望的に品がない」
そういうとベルモンドは手にした鞘をズーンとパオロの顔面に振り下ろしていた。
パオロの顔の中央は鼻ごと四角にべこりと潰れて真っ赤な血があふれ出ていた。
さらにベルモンドは鞘を肩のうしろまでふりかぶってパオロの頭部に落とした。
強烈な音が鳴ってパオロの頭部はぺしゃんこになって潰れて肉餅と化し、二目と見れない状態になった。
絶命したパオロは前のめりに倒れて身体を細かく震わせていたが、やがて弛緩した両腕を左右にだらりと伸ばした。
すべてが終わったのを見届けたのか、草むらに居たトールが姿を現し、駆け出したアリスンと固く抱きしめ合った。
立っているのが限界の状態であってもトールは何度も何度もベルモンドに礼を述べて両眼から涙をあふれさせていた。
アリスンも下男のコリンも感謝の言葉を幾度となくベルモンドに伝え、それは終わりがないように思えた。
「弱者を救うは騎士の本懐。気にするな」
そういうとベルモンドは壊れた鞘を投げ捨てフライドブルクの方角へ歩き出した。




