正義
偽勇者の跋扈など領内の治安を預かる騎士として放ってはおけぬ。
ベルモンドは主人の危急を知らせにきたコリンから紙片を受け取ると、かの忠僕の拙い言葉から事態が急を告げていることを知り、鋭く呻いた。
――要するに偽勇者を名乗る無頼の者が自ら魔獣を操り朴訥な農民を虐げ、領主の財をかすめ取っているのだな。
麝香騎士団の基本任務は都市の防衛と機密保持だが、あわせて周囲の領民安堵も任されていた。
「けれどベルモンド。たいていの農村では害獣が現れた際には自助努力で取り除くということになっている。近いとはいえ、村々の厄介ごとは長老たちに連絡して各々で収めさせるのがよいのではないか」
千年前から転生してきたベルモンドはそのあたりの事情をあまりつかめておらず、市井に詳しいレジナルドの意見を良く聴き自ら判断した。
「建前はそうであろう。だが、この忠良な下僕は主人の危機に命を張っている。ならば立派な大丈夫である。漢であろう。このベルモンド、漢に見込まれて断るなど天地が裂けてもできるはずがない」
「そうであるならば、西の詰所から騎士を出そう。今は夜だが都市長に嘆願して兵を頼もうか」
「いや、レジナルド。そこまでおおげさにする必要もない。竜一匹と無法者数人ならば俺ひとりで充分。朝になる前に帰ってくるゆえ、家族に伝言のみ頼みたい」
白馬にひらりと飛び乗るとベルモンドはどうしてもついてゆくというコリンを乗せて、門を飛び出した。
コリンは初めて出会ってからベルモンドを頼み甲斐のある男であると断定した。
若く、主人であるトールとそれほど変わらない見かけであったが、おのずと発する気と眼の力強さは今までコリンが出会ったことのない種のものだった。
――この人は村の長老よりもはるかに大きく強い。
あまり人と話すのが上手くないコリンであったが、ベルモンドの人としての超絶さは見た瞬間に理解できた。
「まずは竜を見つけよう。たいして知恵のない男たちだ。渓谷に人が来るとは思っていないだろう。宿の主人と娘は数刻程度で命が脅かされることはない。敵の魔物使いが竜を操れば村民に大きな被害が出る」
ベルモンドはコリンの言葉どおりに馬を深山の渓谷に乗り入れると、ましらのような素早い動きで移動した。
負傷したコリンを背負っているのに息ひとつ乱さない。
――これこそ求めていた英雄だ。
だが、さすがに地竜を目にしたときはコリンも死を覚悟した。
けれどベルモンドは泰然としたまま地竜に対峙すると、なんら気負いなく首を撥ね飛ばしてしまった。
竜のウロコは鋼より硬いと聞いていたが、このお方の剣技は神か魔か――。
長らく村の経済を苦しめてきた地竜があっさり殺されるのを見るや、コリンは痛快さよりも、まるで冒すべからざる神の偉業を見たようで目が潰れる思いで、恐れ慄いた。
もっとも魔物使いを斬ったときは、単純にあれほどまで威張り主人を苦しめていた男の死にざまに、興奮し胸がすく思いだった。
ベルモンドは魔物使いの首を取ると無造作に袋に詰めて歩き出した。
彼にとっては人間の首など畑の大根を取る程度のことなのだ。
「さあ、次は宿屋に行く。大掃除を始めるとしようか」
剣の刃を清冽な川で清めるベルモンドの言葉にもはやコリンは一片の憂いもなく、早く目の前の騎士を連れて行きたい気分で一杯だった。
ベルモンドは木の葉亭の見える位置まで来ると白馬を下りてコリンに隠させた。
「よいか。ここからなにがあろうと出てはならない。悪党は我が正義の剣で誅滅する」
コリンに否も応もない。
この忠僕はベルモンドの指示に従うと白馬の手綱を引きながら草むらに隠れた。
――さて賊徒をどうしてくれようか。
聞けば、宿屋の主人であるトールは卑怯な奸賊の手にかかって今や人事不省である。
おまけに主人の妻になる娘も賊である偽勇者にその一挙手一投足を見張られているらしい。
「と、なるとこの服は目立つな」
麝香騎士団の制服は遠くからでもわかるように鮮やかな青で染め抜かれており、このまま宿屋に入れば主人と娘が即座に害される恐れがある。
ベルモンドは草むらに隠れたコリンと自分の衣服を交換した。
幸いにもふたりは同じような背丈と骨柄である。
野良服に個性というものはない。
ベルモンドは土を握ると適度に手や顔を汚し、即座に街の人間であるということがバレないようにした。
(さあ、潜入とゆくか)
こういった偵探は若いころはよくやったものだ。
特にベルモンドは敵地に侵入して情報を集める作業がのちのち将位に連なった者でももっとも好んでおり、長じて一部隊を率いるようになってからもしばし行ったので側近の参謀には軽挙であるとよく諫められた。
宿屋はそれほど大きくもなく、トールの伏せている部屋は一階にあり近づくのは容易だった。
(そもそもが自分たちが責められるなどとは露ほども思っていないのだろうな)
壁際をジリジリと進みトールの部屋に達した。
窓は換気のために開け放たれている。
そっと覗くと室内にはベッドに横になる男以外に誰もいない。
「いよっ、と」
ひらりと室内に侵入する。おそらくはトールであろう人物がベルモンドに気づきわずかに身体を動かした。
「し。俺は下僕のコリンに乞われておまえを助けに参った騎士団の者である。トール本人で間違いないな。よし、声が出せぬようだが、そのまま聞いてくれ。今からおまえの身柄を連れ出し偽勇者が人質に取れぬよう移送する。娘のほうはこのベルモンドが騎士の誇りに賭けて守ると誓おう。安心して身を委ねよ」
声が出せずとも気持ちというものは相手に伝わるものだ。
ベルモンドは伏したトールの瞳から感謝の念を感じて、即座に彼の身体を背負うと脱出した。
「辛かっただろう。だが、正義はこの世に皆無ではない。おまえも悪党に一太刀入れたいだろうが、その傷ではな。うん……? そうか、せめて賊が討たれる場を目にして溜飲が下げたいか。仕方ない。見つからぬよう、草地に隠れていろ」
ベルモンドはトールを宿屋の真正面の草地に隠した。
パッと見ではまず見つけることができぬ位置である。




