忠義の下僕
気づけばパオロは木の葉亭に運ばれていた。
偽勇者一行の手によって。
そして理由はわからぬが、魔道士アルドの治癒魔術によって一命は取り留めていた。
泣きすがるアリスンの肩をパオロが好青年のように抱いて去ってゆく。
多くの血を失ったせいでかトールは喋ることができなかった。
「クヒヒ、主人。声の利けぬ術はどうかね?」
「――」
魔道士アルドはベッドのそばの椅子を引き寄せながら、生臭い息を吹きかけて笑う。
「あの小娘、普通にいただいてもよかったんじゃがの。パオロさまがそれではつまらぬと申して、合法的に口説くことにしたんじゃよ。ああ、なあに。このようなシチュで女に対して百戦錬磨のパオロさまが動かす駒を間違えるはずもないわい。見たじゃろ、あの小娘がパオロさまに触れることを許していたのを。こうなるとパオロさまが寄せを違えるはずもないわ。我らはパオロさまが完全に調教したアリスンのおこぼれをいただくという具合じゃわい。まあ、ひと月もかからんじゃろうが、その時はおまえのカラダも元気になっているじゃろうて。我らは普通の快楽では満足できなくなっておってな。せいぜい、そのときに見せて欲しいのじゃよ。絶望というの名の表情を」
だが、トールの精神力も普通ではなかった。彼は一連の流れを書き留めた紙片を下男のコリンに手渡す気力が残っていたのだった。このことによりトールが奇蹟を目の当たりにするとは、パオロも、そして紙片を託した本人ですら予想できなかった。
下男のコリンは生まれつき知能が人より劣っていた。
そのことは誰からも責められる覚えはないが――この世界では生き辛かった。
貧しい農家で生まれたコリンは十人兄弟の一番下であり、もとより家督を継いだりすることも望めなかったが、人並みの知能がなければ不便するのは致し方なかった。
家業である野良の手順も手際もよくなく、長じたのちは姉嫁に疎まれ、半ば畜獣と同じ扱いを受け、牛馬と共に寝起きしていた。
そんな彼を救ったのはトールの父であった。トールの父はコリンを憐れんで、下男と雇い、ほかの村人とは違ってただの一度も蔑むことはなかった。
懇切丁寧に宿の仕事を教え、コリンもまたそれに応えようと努力した。
コリンは仕事がお世辞にも上手いとはいえなかったが、なにごとも手を抜かず、時間がかかっても最後までやり通した。
――おまえの心は誰よりも忠良で清い。
褒められたことのない人生だったコリンは主人に仕え、やがて生まれてきたトールを神のように信奉していた。
その主人が今危機にある。
コリンは身体こそ野良で鍛えられて頑強であったが、臆病で、一度も誰かと争ったことがない。
奴隷として迎え入れられたアリスンという少女は、いつか主人であるトールと一緒になり、やがて子が生まれ、自分はその輪の中で笑っている。
そのすべてが危機にある。
コリンは初めて村を自らの意志で出て、都市であるフライドブルクに走った。
村からフライドブルクまでは徒歩で二日程度の距離だ。
遠くはないが、基本的に、市民権のない領民は足を踏み入れることが許されなかった。
ものが言えなくなったトールが託された紙片をコリンは読むことはできないが、いつか風の噂で聞いた「強い騎士」がいる都市に届けることが、希望の灯であった。
途中、コリンは下級モンスターに襲われ、血を流しながらも必死でひた走り――やがてフライドブルクの西門に到着した。
「なんだ?」
「さあ、なにか揉めているようですね」
ベルモンドは副団長であるパトリシアの巡察を手伝い、いつも詰めている南門ではなく西門に顔を出していた。
団長である叔父のナタンは肩の怪我を治療中であり、実質パトリシアが麝香騎士団のリーダーである。
その彼女から懇願されてベルモンドは副団長代行のような奇妙な役職に収まっていた。
見れば、かなり老年の農夫らしき男が詰所の騎士とやり合っている。
「どうしたんだ?」
対応しているのは騎士レジナルドである。
ゲジゲジ眉毛のレジナルドはいつも以上に困った顔でベルモンドに駆け寄ってきた。
「ああ、ベルモンド。それに副団長も。実はですね、この男が偉い騎士に会わせろってきかないのですよ。街には市民権がない限り入れませんし、そもそもこの男はリゴ村の農民階級ですし名主の紹介状がなければ……あ、おい! やめろ! 勝手に入るんじゃない!」
「ああ、よせよせ。乱暴にするな。話は俺が聞いてやる」
「ベルモンド。それがこの男、どうも要領を得ぬ話し方でなにを言いたいのかわからないのだ……」
「このあとは家に帰ってメシを食うだけだ。パトリシアもあとは任せて先に帰っても構わないぞ」
「ああ、ならば貴方に任せるとします。少し、仕事が溜まっていましてね。できれば私もつき合ってあげたかったのですが」
そう言うとパトリシアは名残惜しそうに去ってゆく。
ベルモンドはパトリシアを見送ると男に向き直った。
「レジナルド。そこなる男は手傷を負うている。薬と衛生材料を持ってきてくれ。不憫だ」
「ああ、ちょっと待っていてくれ」
ベルモンドの言葉にレジナルドは詰所に戻ると薬品一式を持参し、器用に男の手当てを始めた。
男はレジナルドが傷の手当てをしている間、無垢な童子のように黙ってベルモンドの瞳を見つめていた。
「……この前はあまり気にしなかったが、副団長相手にいつもあのような感じなのか?」
「ああ、そうだが。なにか問題でも」
「いや、別に」
「それよりも、おまえは名をなんと申す。私は麝香騎士団のベルモンドだ。訴えがあるなら聞くぞ。落ち着いてゆっくり話せ」
そしてベルモンドはコリンと名乗った手負いの男から驚くべき話を聞き取るのだった。




