修復
パトリシアは自分の不明を全力で恥じていた。
(あの時の自分を殺したい……!)
直感を信じればよかった。
ベルモンドは端からやればできる子であると。
だが、彼女ために弁明するならば、かつてのベルモンドは屑の中の屑と百人中百人が答えるほど、ベスト・オブ・クソ雑魚ナメクジであった。
常時、連続飲酒状態であり、出勤すれば赤ら顔で同僚に絡むわ、叔父である騎士団長の威光をかさに、暇さえあれば詰所で酒を呷り、すぐさま感情的になって問題を起こすと、手のつけようがなかった。
麝香騎士団に着任当時、パトリシアはベルモンドが王都で剣術修行をしてきたフライドブルク切っての麒麟児と謳われていた伝聞を信じ、過剰な期待をかけていた。
これは、彼女が幼いころか修道院で男子禁制の生活を長らく行って、偏った思想が変に凝り固まってしまったところにもあった。
だが、ベルモンドは生まれ変わった。
(いいえ、彼は試していたのです。世間と、そして運命的に結ばれるこの私を……!)
パトリシアは普通に痛い女だった。
だが、彼女はベルモンドが古代に軍神と呼ばれた英傑の転生体ということを知らないので無理はなかった。
(ああ、ベルモンドさま。お慕い申しております。すごい、好き……しゅき……だいちゅき……)
懲らしめてやると軽く考えて一蹴された立ち合いの日から、ベルモンドは目を見張るようなこれまでとは違った働きぶりを見せつけてきた。
そして極めつけに賊徒の討伐戦で見せた際立った采配は凡人ではありえない威厳と的確さがあった。
パトリシアは騎乗の人となったベルモンドの雄々しい姿を徹夜明けのハイになった脳裏に焼きつけながら、極めて独断であるが「この人に一生ついてゆこう……」と、本人が聞けば卒倒しそうな決意を新たにしていた。
――無事であってほしい。
とにもかくにも無事でさえいてくれればいい。
ジャクリーヌは妹のマリーヌの手を引きながら、群衆を掻き分けるようにして、南門に向かっていた。
市内の人間すべてがここに集まっているようだ。
祭りでもここまで盛況だったことはないだろう。
騎士団が盗賊団と戦って勝った。
ジャクリーヌの得ることができた情報はそれだけだった。
――ようやく心がかよい始めたばかりだというのに。
酒をやめたベルモンドは往時の快活さは見えないものの、どこか透徹した深い落ち着きと、なにごとにも動じない頼り甲斐のある背中にジャクリーヌは強く、強く惹かれていた。
義父のナゼールが言うには、男には時として別人と見紛うほど、時を置かず成長することがあるということだった。
セミが地中から這い出て羽化するように、ただ、そのときが来ただけと思えばいいのだろうか。
しかし、ジャクリーヌからすれば今のベルモンドが別人であっても構わないほど大切な人間になりつつあったのは確かだった。
河水に落ちる前は、もはや、この世で軽蔑にさえ値しない遠い人だったのだが、今や、一日でも顔を見ないと落ち着かない自分がいる。
「なにやってるのよジャクリーヌ。こっち、こっちよ!」
「すみません……!」
近所の主婦であるシュザンヌが樽のように大きな身体で群衆を押しのけ凱旋する騎士たちをよく見える特等席を確保してくれた。
「あのねえ、アンタたち! その子の旦那さんはなにを隠そう今回盗賊をやっつけた騎士さまなのよ! 旦那の晴れ姿を見せてやんなきゃロムレスっ子の名が廃るよ!」
「おおっ、そいつはそうだな!」
「おい、みんな、場所開けてやんな!」
「姉さん、自慢の旦那さんだろ? この花を渡してやんな!」
「なにをグズグズしてやがんだ。どいたどいたっ」
「そうでえ、もっと詰めやがれ!」
「オタオタすんなノロマめ。列がきちまわぁ!」
「すみません、すみません……」
思いがけぬ好意の嵐である。ジャクリーヌ本人が賊を征伐したかのように祭り上げられ、あっという間に群衆の真ん前に引き出される。
だが、夫を褒められて悪い気はしないのが当然だ。
「ベルモンド!」
知らず、夫の名を叫んでいた。
騎乗のベルモンドはすぐジャクリーヌに気づいたようで馬を寄せてきた。
群衆から強烈な好奇の視線が注がれていたが、気にならない。
最初に確認したのは夫が大きな怪我を負っていなかったということだった。
ベルモンドは栗毛の素晴らしい馬に乗っている。
ジャクリーヌは手にしていた花束を抱えたまま、右手でマリーヌの腕をぎゅっと掴んでいた。
「良かった、無事で」
ベルモンドは驚いたように目を丸くすると、無邪気な子供のように口を開けて笑った。
「え、きゃあ!」
気づけば長い腕が伸びて妹ごと馬に乗せられていた。
「乗っていけ。たまにはこういう眺めもいいだろう」
ベルモンドに抱きかかえられたジャクリーヌの前にマリーヌがちょこんと座っている。
高い位置に視点が移動したマリーヌはしばしポカンとしていたが、馬が動き出すと甲高い声を上げてはしゃぎ出した。
同時に群衆たちから割れんばかりの歓声が立ち昇った。
いつもは耳を塞ぎたくなるようなマリーヌの声が掻き消される。
マリーヌは目をキラキラさせてジャクリーヌとベルモンドの顔を何度も振り返って確認し、腕と脚をバタバタさせて興奮の極みを表現した。
麝香騎士団を讃える声が炎のように立ち昇る。
――いつか、大陸一の剣士になって誰もが讃える英雄になってやる。
まだ、少年だったころのベルモンドの誓いをジャクリーヌは思い出し、目頭が熱くなった。
ジャクリーヌは自分の背にベルモンドの火の塊のような熱さを感じながら、マリーヌが落ちぬようにギュッと抱きしめた。




