賞賛
麝香騎士団が領内を荒らし回る賊徒を討伐したことは、凱旋と共に市内へと知れ渡った。
担架で担ぎ込まれたナタンを城門で都市長のポール・バルバストル自らが出迎えに出たことも話題をさらった。
――今回は及第点と言っていいだろう。
パトリシアたちの後方に騎馬で控えていたベルモンドは小柄な都市長と言葉を交わしている、案外に元気な叔父を見て小さく安堵していた。
とにかく今回の勝利は叔父ナタンがベルモンドに権限を委譲したことが大きいだろう。
ベルモンドはナタンが心の底では、とにかく一戦して騎士団の面目を立ててから籠城する、ないし援軍を呼びたがっていたことを見抜いていた。
(実際問題、今回の勝利は際どすぎたな。二度とはやらんぞ)
と、心に誓いながらも、ベルモンドはこの後、幾度も寡兵による奇蹟的勝利を人々に願われるが、それはまた別の話。
「きみが騎士団長の甥のベルモンドかね」
ボーッとしていると、幾人かの官吏を連れた都市長ポールが歩み寄ってきた。
ベルモンドは下馬すると、ポールに対して極めて平均的な礼をする。
「私が麝香騎士団のベルモンドです。過分なお言葉いたみいります」
「ふむ、まだきみは見たところ若い、いくつになる?」
「しじゅ……十九です」
ベルモンドは本来の年齢を思わず口走りそうになって奇妙に顔を歪めた。
この世界の同じ名の自分はまだ子供いっていいほどの年齢なのだ。
「なんと、若いな。姫さまとふたつしか違わないとは。それでいて、ナタンに聞くところ八面六臂の大活躍。今後が楽しみだ。そうだろう、ナタン騎士団長」
「買いかぶりすぎ、といいたいところですが都市長。コイツは私の自慢の甥なのですよ。娘がいれば是非ともくれてやりたかったが、ベルモンドにはすでに妻おりましてな」
「そうか、それは残念だな。私も、彼が十九だと聞いて咄嗟に自分の娘の年齢を考えてしまったが、いやあ、世の中、いろいろとむつかしい。ベルモンド、それでは、あとは後継ぎができるのを待つだけだな」
「はぁ……」
ベルモンドはポールの問いに口ごもった。なぜなら、あの日以来、ジャクリーヌとは起居を共にしているが、なんとなく手が出しづらくなっており、そういった意味で夫婦は清い関係だった。
日ごろは軍務に集中することで気を紛らわせているが、四十を過ぎていたベルモンドはからすれば少女といっていいほどの二十になったばかりのジャクリーヌの身体を無視するのは相当に苦しかった。
(ま、その分情念を肉体錬磨に費やしたおかげで、だいぶ、この身体も使いやすくなった)
転生してから、ベルモンドは一日もかかさず、この酒で弱った身体を使いやすくするために、肉体錬成に励んでいた。
元々が筋が良く、また王都に上って剣術修行を志しただけあって、素地自体は素晴らしかった。
ベルモンドの顔から隈は消えて、贅肉ひとつない絞られた身体にはあと一歩というところまできていた。
「と、まあ話はこんなところだ。ナタン、それにベルモンド、市からは改めて騎士団に褒賞が送られる。姫さまも、今回の偉業をことのほかおよろこびだ。あのお方は、どうも貴君を物語の中の英雄と同等に見立てている。そのうち機会を作って共に語り合いたいものだ」
ポールの美辞麗句はよくある社交辞令だろうと、老練なベルモンドは特に感情を表に出さず、自然に聞いていた。
「さあ、これ以上英雄たちのお出ましを引き留めては市民たちに申し訳ない。私は先に失礼するが、はは、英雄の先触れなど昨今ないよろこびだよ」
都市長の一行が消えたあと、ベルモンドは騎乗の人となった。
静かに語らいを見ていたパトリシアが馬を寄せてくる。
「すごいではないですかベルモンド! 貴方は、やはり、貴方は普通とは違う。つくづく私の見る眼がなかったのですね。今さらとは思いますが、ここで謝罪させてください」
「いや、以前の俺はみなが言うようにどうしようもないただの呑んだくれだったんだろうよ。パトリシア、それにそもそも俺はなにも気にしていない。というか……」
「……?」
「生来忘れっぽいのでな。すべては河に流してくれ」
「貴方という人は……!」
パトリシアは自分の不明を全力で恥じていた。
(あの時の自分を殺したい……!)
直感を信じればよかった。
ベルモンドは端からやればできる子であると。
だが、彼女ために弁明するならば、かつてのベルモンドは屑の中の屑と百人中百人が答えるほど、ベスト・オブ・クソ雑魚ナメクジであった。
常時、連続飲酒状態であり、出勤すれば赤ら顔で同僚に絡むわ、叔父である騎士団長の威光をかさに、暇さえあれば詰所で酒を呷り、すぐさま感情的になって問題を起こすと、手のつけようがなかった。
麝香騎士団に着任当時、パトリシアはベルモンドが王都で剣術修行をしてきたフライドブルク切っての麒麟児と謳われていた伝聞を信じ、過剰な期待をかけていた。
これは、彼女が幼いころか修道院で男子禁制の生活を長らく行って、偏った思想が変に凝り固まってしまったところにもあった。
だが、ベルモンドは生まれ変わった。
(いいえ、彼は試していたのです。世間と、そして運命的に結ばれるこの私を……!)
パトリシアは普通に痛い女だった。
だが、彼女はベルモンドが古代に軍神と呼ばれた英傑の転生体ということを知らないので無理はなかった。
(ああ、ベルモンドさま。お慕い申しております。すごい、好き……しゅき……だいちゅき……)
懲らしめてやると軽く考えて一蹴された立ち合いの日から、ベルモンドは目を見張るようなこれまでとは違った働きぶりを見せつけてきた。
そして極めつけに賊徒の討伐戦で見せた際立った采配は凡人ではありえない威厳と的確さがあった。
パトリシアは騎乗の人となったベルモンドの雄々しい姿を徹夜明けのハイになった脳裏に焼きつけながら、極めて独断であるが「この人に一生ついてゆこう……」と、本人が聞けば卒倒しそうな決意を新たにしていた。




