千年後の世界
「騒がせおってからに。おまえはどこまで親を心配させれば気が済むんじゃい」
――数刻後。
ベルモンドは目の前の老爺に、自分の今の状況を説明して貰っていた。
どうやら言葉が通じることから、ベルモンドが転生したのは前世と同じくロムレス王の血筋が治めるロムレス王国だったらしい。
ただし、ベルモンドが生きていた前世からは千年近くの時が流れていた。
(道理でみなの服装が見慣れないモノになっているわけだ)
ベルモンドが神の力で飛び越えた千年の時で、人々の衣服だけではなく、種々の物の技術や精巧さは格段に飛躍していた。
(まあ、転生先の男の名も前と同じで好都合といえば好都合であるが)
この肉体の実の親であるナゼールという今年で六十三になる男はベルモンドが死にかけた理由を酔って河に落ちたことであると説明してくれた。
「酔って河に落ちるとは……ふふ」
「笑っておる場合か! だが、ふむ……とりあえずは命拾いしただけツキがあったと思え。これもわしが常日頃ロムレスの神々を信心しているおかげだ」
「そうか。世話になったようだな」
「なんじゃあ! その他人事みたいな態度は……と、と。しかし、せがれよ。本当になにもかも覚えていないのか?」
「ああ、悪いなじいさん」
「誰がじいさんじゃ! わしはおまえの父じゃぞ!」
「悪い……」
ベルモンドは謝罪しながらも、この世界の自分の父に当たる男の顔をまじまじと見ていた。
ベルモンドが生きていたころでは、特別な理由がない限り十台で婚姻し、子をもうけることが普通だった。
つまりは四十そこそこで初孫を見るのが当然だったので、もはや老爺であるナゼールの子であるベルモントがまだ十九であることが驚きであったのだ。
「そうか、父上。これでいいか?」
「ま、まあ、それで良しとしよう。以前のおまえよりかはつま先まで水に浸かったおかげか前より少しはマシか」
ベルモンドは棺を自ら破って生還したということで、先ほどまで教会の神父から診察を受けていた。
結果は異状なし――。
「ふむ。というか、身体が軽いな。これが十台の力か」
「なにを戯言を……まるでジジイだったようじゃな」
(ま、四十過ぎていたからな。しかし、この身体は少々なまっているが、マナに満ち溢れている)
ベルモンドは肩をぐるぐる回しながら、なんら異常がないことを喜んでいた。
無理もないといえよう。
前世のベルモンドは思春期を迎えたと同時に初陣を果たし、それから三十年近く軍務にすべてをかけて生きてきた。
長年の戦陣暮らしはベルモンドの身体を、これ以上ないくらいに酷使しており、実際、病に倒れたのも使い潰した身体が限界を迎えたことが大きかっただろう。
(この身体はほとんど鍛えていなようで華奢だが、その分もちが良さそうだ。うん、今度は大事に使うぞ)
「ともかくだ。詳しい話は明日にするぞ。そら、そろそろ痺れを切らしている……かもしれぬのがお待ちかねじゃ」
「誰?」
「そこまで忘れてしまったのか、情けない。この機に生活を改めるがいい」
そう言ってナゼールが引き上げたあと、病室に姿を現したのは、最初に目にした喪服姿の美しい女性だった。
ベルモンドはおずおずと部屋に入ってきた女性に目を凝らした。
――これは、まあ、なんという美女だ。
ベルモンドは前世では軍務の忙しさにかまけて妻帯はしなかったが、面倒を見ていた女のひとりやふたりはいた。
もっともそれは、休暇ごとに娼館に通うのが面倒であり、娼婦を身請けしただけであり、心が通い合う関係ではなく、さらにいえばベルモンドは素人女を知らなかった。
さらに言えば女性の美醜すら頓着がなく、前世で関係のあった女の名も思い出せないほどであった。
だが、目の前の女性はベルモンドの脳裏に強烈なイメージを刻み込んだ。
艶やかな髪とが白い頬に揺れ、大きな瞳と整った鼻梁とわずかに厚みのある唇は見ているだけで背筋が震えそうな危うい色気を放っていた。
「……」
しばしふたりは無言のまま互いの顔を見つめ合った。
「あのお加減はいかがでしょうか」
声が暗い。
それはベルモンドの身体を心配しているだけではないことにすぐ気づけた。
声に温度がないのだ。
だが、状況がわからぬベルモンドは不用意な言葉を差し控えた。
「あの、お身体のほうですが」
「うん? 身体か? なんら問題はないな」
「そうですか……」
(はい、会話終了――! というか、俺はこんなに口下手だったったか?)
「いやすまない。じいさんじゃない父上に聞いていると思うのだが、俺は以前の記憶をすべて失っているようだ。というか、これっぽっちも思い出せない。きみが誰なのかもわからないんだ、名前を教えてもらえるとありがたい」
「……わたしは、ジャクリーヌといいます」
ふんふん、とベルモンドはベッドの上でうなずく。
「あなたの妻です」
(はい、女房の顔も忘れたド腐れ不人情亭主のお出ましだァ! じゃなくてだ)
「わ、悪い。はは、こんな美人が自分の妻だとはまったく思わなくてな。はははっ」
快活に笑って見せたがジャクリーヌは沈んだ表情のまま、なんら変化を見せなかった。
――な、なぜ?
かつては戦場で神算鬼謀を巡らせ、並み居る敵兵を巧みな用兵で打ち破り軍神と呼ばれた男はジャクリーヌの凍りつくような視線に耐えられず、泣きそうな表情になった。
「あの、明日、迎えきますので、今晩は教会でごゆっくりなさってくださいませ」
「お、おう」
動揺しまくったベルモンドを無視するかのようにジャクリーヌは静かに一礼すると、枕元に果物籠を置いて病室を出て行った。
「え? 俺、なんかやったか?」




