怒り
ベルモンドは立ち上がってマーベラスたちに向き直っていた。
手にはいつ引き抜かれたのか長剣が鈍く輝いている。
ベルモンドが数歩前に出ると供の騎士たちがマーベラスを守護するように馬を巡らせて遮った。
「それじゃあ、今度はこっちが稽古をつけてやる。ただし、俺のは少々荒っぽいぞ」
マーベラスが馬首を返すと配下の騎馬たちが一斉にベルモンドに向かって走り出した。
彼我の距離は十メートル。
一瞬で詰まった。
だが、ベルモンドは一切の躊躇を見せず真正面から突っ込んだ。
長剣がきらりと輝いた。
同時に、ふたつの首が宙を舞っていた。
ベルモンドは首なし騎士の上体を蹴りつけて落下させると馬を奪った。
「本物の戦士の手綱さばきを見せてやろう」
上級騎士たちがベルモンドに殺到する。
だが、ベルモンドの動きは練度も技も桁違いだった。功を樹ててから騎乗するようになり、幾星霜――。
ベルモンドは呼吸をするように馬に乗り続け、その経験と年期は、まず今の世界では比類する者がないほどに老練であった。
四方八方から打ちかかる騎士たちを、ベルモンドは得意の輪乗りでたやすく捌いてゆく。
ひとりは首の半ばを立ち割られ、もうひとりは肩口から胃の腑まで斬り下げられ、血風を起こしながら落馬した。
「な、なにをやっているザンスか! 相手はひとりザンスよ。一気に押し包んで討ち取るザンス!」
だが、マーベラスの督戦も虚しくベルモンドが長剣を頭上で回転させるごとに、大地へと騎士たちの血が雨のように降り撒かれた。
「あいいっ」
馬体をぶつけられて態勢を崩した騎士は右肘を斬り落とされ絶叫を上げて落下する。
未熟な技量では落ちた仲間をさけられなかったのか――。
憐れ、右往左往する騎馬に頭を踏み抜かれ、その騎士は絶命した。
「そらそら、どうした。馬の立て直しが遅い。そんなことではいくさ場では役に立たんぞ!」
ぎゃりん
と、物凄い音が鳴って騎士のひとりは鉄兜ごと顔面を断ち割られて吹っ飛んだ。
あっという間に仲間の半分を討ち取られた騎士たちは、馬首を左に巡らせて小屋に向かったベルモンドを追うこともできず馬上で凍りついていた。
ベルモンドは小屋に立てかけられていた訓練用のたんぽ槍を手に取ると、再び練兵場広場に戻ってきた。
「さあ、特別サービスだ。こいつなら即死は免れる。稽古の続きだ」
「なにをやっているザンスか! 完全に舐められてる、舐めプされてるザンスよ!」
マーベラスが唾を飛ばしながら声高に煽ると、ベルモンドの武器が真剣から変わったことに安堵した騎士たちが向かってゆく。
――だが、これは罠だった。
ベルモンドは馬上でたんぽ槍を風車のように旋回させると、近づいてきた騎士たちの首筋を打ち据えた。
先端が綿で覆われているとはいえ、戦巧者のベルモンドが使えば真剣と同等に危険なことに変わりはなかった。
勢いよく落馬したふたりの騎士は頸椎を折って地面に血反吐を吐き、動かなくなった。
戦場のメインウエポンは剣ではなく弓矢と槍である。
転生前は戦災孤児であり、一兵卒として戦場に出て成り上がったベルモンドからしてみれば、上官に認められた最初の功名は槍による敵将の手柄首だった。
四メートルの槍はベルモンドが使えば自分の手足の延長のごとく、自在に動いた。
たんぽといえど、樫の木の板材など余裕で打ち抜くベルモンドの膂力で突かれれば即死は変わりなかった。
たんぽが埋没するたびに、ひとりふたりと騎士たちが矢継ぎ早に落馬する。
「そんな……ありえない、ありえないザンスよ」
最後に残ったマーベラスは顔中を脂汗塗れにしながら、ついには逃げようと手綱を引く。
だが、ベルモンドの必殺の気を受けた馬は棹立ちになってマーベラスを振り落とした。
「逃がすか!」
ベルモンドは頭上でたんぽを取り払った槍を目まぐるしく旋回させながら、地面に尻もちを突いて後ずさるマーベラスの胃袋目がけて突き下ろした。
ズーン、と槍先はマーベラスの胃に鋭く刺さった。
胃を破られたマーベラスは身体をエビ反りさせながら、七転八倒して女のような悲鳴を上げ続ける。
目を白黒させながら悶えるマーベラスは地獄の苦しみに身を焼かれ、発狂寸前である。
そこにもはや上級騎士の尊厳や驕慢さは、微塵も存在しえなかった。
「さあ、おまえのパトリシアに免じて命だけは助けてやった。とっととこの場から消え失せろ」
死に体のマーベラスを馬で引き摺りながら配下の騎士たちが逃げ去ってゆく。
杭の向こう側でベルモンドの圧倒的勝利を見届けた朋輩たちは、ワッと歓声を上げた。
完全な勝利だった。




