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軍神と呼ばれた俺ことベルモンドがアル中騎士に転生し、辺境都市で数々の偉業を成し遂げ、新たな伝説を作りしこと  作者: 三島千廣
第3回 俺こと、ベルモンドが妻ジャクリーヌに気を遣うことと、傲慢な上級騎士を打ち据えること
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買い出し

「おはよう、ジャクリーヌ」

「あ、お、おはようございます」


 寝ぼけた感じのベルモンドが平服に着替えて居間に現れた。

 ジャクリーヌは失念していたが、今日はベルモンドの休日であった。


 以前ならば、休みの前は朝まで呑み明かして、昼まで寝ているのが常であった。


 酒精に魂魄まで支配されている状態であった時のベルモンドの起き抜けの機嫌は常に悪く、むしろこうやって普通に朝のあいさつを交わしている今のほうが違和感があった。


「うん、昨日は悪かった。少し、同僚のアルベルトに誘われて食事を断れなかったのだ。今後はなるべく、どうにかして家に連絡を取るようにする」

「そう、ですか。アルベルトさんと……」


 ジャクリーヌは何度か酔い潰れたベルモンドを家まで運んできた同僚の若い騎士の顔を想い浮かべていた。


 常に酔っているような状態のベルモンドを相手にしていたのは、どこかお調子者である軽い感じのアルベルトだけだった。


「ふわあ、どれどれ」


 ベルモンドは新聞を開くと目を爛々とさせて記事を食い入るように読んでいる。

 変わったことといえば、意識を取り戻して以来、ベルモンドは異常なまでの読書家に変貌していた。


 常時飲酒状態であったころだけではなく、ジャクリーヌが知る限りベルモンドに読書の習慣はほとんどなかった。


 市立の基礎学校に一応は籍を置いていたが、ベルモンドは読み書きこそできたが、書物や詩にはなんら興味を示さなかった。


(そう、ベルモンドが好きだったのは剣術や馬術だけだったわ)


 ジャクリーヌは基礎学校の学年でも常に成績は一、二を争うほどであり、最新の本が山のように売られている王都の書店に足を踏み入れた時は胸が高鳴ったものだ。ジャクリーヌはこの時代では珍しい文学少女であった。


「その、ベルモンド。そんなに面白い記事が載っているのですか?」


「うん? ああ、そうだな。この新聞というのは実に素晴らしいな。居ながらにして各地の情報が入手することができる。もっとも信頼度がどこまで高いかというと、数種は読み比べてみなければならないが、平時ならばこれで充分だろう」


「ベルモンド? なにか、まるで初めて新聞を読んだみたいです……」


 ジャクリーヌがあきらかに不思議そうな顔をする。

 すると、ベルモンドは慌てて言い訳のようなことを並べ立てた。


「い、いや、新聞くらい知っていたさ! ただね、俺も近ごろは思うところがあって、うん、そうだな。騎士としてこれからは教養のひとつも身に着けないといけないと悟ったんだよ。と、ところでジャクリーヌ。寝室の隅に本がたくさん置いてあったのだが、ちょっと目を通させてもらったんだ。いや、すまない」


「それ……【遠き思い出】じゃない! あ、すみません。つい……」


 ジャクリーヌは自分の好きな小説をベルモンドが手にしていることで、つい興奮してしまったことに悔いた。

 フライドブルクに戻ってからのベルモンドはふたりの仲に溝ができた原因であると信じている小説や詩をひどく嫌うようになっていたのだった。


 それだけに、ベルモンドが自分の趣味である読書に理解を示してくれたことがうれしかったのだ。

 人間は愛した人には自分が良いと思っているものを勧めたがるものである。


 押しつけという部分がなくはないのだが、そこには自分が感じた楽しさを共有したいという想いが根底にあるのだ。


「なんか他人行儀な口ぶりだな。俺たちは夫婦だぜ。おまえ、あんたくらいで行こうじゃないか」

「え、それは……」

「ま、確かに今までのベルモンドは最低だったみたいだが。今後は言葉じゃなく態度で示す。きみのよき夫でいられるようにな」

「はい……」






 朝食後、ベルモンドはジャクリーヌと義妹にあたるマリーヌを連れて市場に出た。


「すみません、助かります。最近、買い物に出ると、すごく男の人に絡まれることが多くて」


 ジャクリーヌがすまなさそうに言った。

 確かに彼女の美貌は人が多い市場でも際立っている。

 今も、こうしてベルモンドが連れ立っていてもなお、数人が道を聞くふりをして声をかけてくる始末だった。


(そもそも女性がひとりで出かけること自体問題なのだ。だが、この世界では使用人を雇う余裕がなければ仕方がないのか)


 ベルモンドが生きていた時代は、仮にも騎士階級である者の夫人がひとりで市井にふらりと出歩くなどありえないことだった。


(そういった部分は世情的にもだいぶ緩和されたようだが。ジャクリーヌに関して言えば危険だな)


 かつての時代では、若い女性が日中ひとりで歩いていれば、襲ってくださいと言っているようなものであった。


 この都市では麝香騎士団を始めとして、市が雇用している兵士たちも、かなり丁寧に市内を見回っているので治安はかなり高いといえた。


「夫がいるといっても信じてもらえないのですよ。わたしはもう、それほど若くはないのに……」


「そんなことはない。きみは俺から見れば、まだまだ子供だな」


 ベルモンドの言葉にジャクリーヌはくすっと笑みを漏らした。


「なにかおかしかったか?」

「いえ、ベルモンド。あなたのほうがわたしより年下ですよ。それもお忘れですか?」

「あ、いや、これは。失念したな」


 互いに顔を見て笑い合う。

 だが、ジャクリーヌの妹であるマリーヌだけは警戒感を露にして、姉のスカートにしがみつき一言も口を利こうとしなかった。


「こら、マリーヌ。せっかくのお休みをつき合ってくださっているのに。もう、仕様のない子」


(警戒感バリバリだな。よほどベルモンドは嫌われたな)


「気にしないよジャクリーヌ。さ、今すぐは無理だが、マリーヌ。これからオジサンは心を入れ替えるから、それで勘弁してくれないか? ……ダメか」


「すみません」


「いいさ。それと、ジャクリーヌ。これからは俺が非番の日に買い物に出ればいい。それならつき合ってやれるからな」

「はい」


(ふう。どうやら新聞や本に興味を示したことはこれ以上突っ込まれずに済みそうだ)


 ベルモンドが生きていた千年前には新聞のような便利な読み物はなかった。


 そもそもが娯楽に特化した小説もなかった。

 ベルモンドが生涯に目を通したことがあるのは、基本的な兵書の二、三のみだった。


 ジャクリーヌは市場で食材を買い物籠に買い込むと、軒を連ねたあちこちの店で細かな日用品を購入した。


「お、ジャクリーヌ。っとと、今日は旦那さんと買い物かよ。優しくていいねえ」


「いえ、わたしが無理を言ってつき合ってもらったの」


 雑貨を営む小間物屋のおかみさんらしき中年女性がでっぷりとした腹をゆすって冷やかす。


「女主人。いつも妻が世話になっている。これから、ちょくちょくジャクリーヌの供をするつもりだが、出過ぎた真似はしないので、堪忍してくれ」


 そういうとベルモンドは自然な動きでジャクリーヌの買い物籠を持った。


 それを目にした女主人は目を丸くすると、姿からは似つかわしくない慈愛のあふれた優しい声を出した。


「いや、聞くと見るとじゃ大違いだねえ。ベルモンドさん。女房を大事にするのはいいことだよ。あんたは若いのに女心がわかっているねえ。うちのも大酒喰らいだが、たいがいにしておけばこっちも頭に角生やすこともないのさ。ほどほどにしておきなね」

「酒はやめているんだ」

「ほう」


「そしてジャクリーヌが望む限り、金輪際呑まないさ」

「ははっ。気に入ったよ。今日はうんとまけたげるからね!」

「そらどうも」



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― 新着の感想 ―
[一言] ベルモンドがまともに成る事に、ジャクリーヌがただ嬉しいと感じられるのか?それとも懺悔する事に成るのか?
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