転生
王国には軍神と呼ばれた男がいた。
初代の偉大なる王に仕え「その功、空前絶後」と称された英雄は死病に冒されながらも、軍営にて指揮を執り、そして誰に看取られることなく没した。
ベルモンド、享年四十二歳。
ロムレスの初代王はこの英雄の早すぎる死を「天が我を滅ぼしたもうた」と嘆き悲しみ、その遺骸は故郷に送られ、功を讃えるため、巨大な像が建てられた。
――死んだのか。
英雄ベルモンドは天に召された瞬間、神からひとつの願いを叶えると告げられ、狂喜した。
――願わくば、ただ。
魂魄のみになったベルモンドは血潮を吐きながら叫んだ。
――穏やかな生活と、人並みの幸せを。
天界の神はベルモンドの願いを叶え、かの者の魂を地上に送り、転生させた。
ただしそれはベルモンドが望むような、形ではなく不完全なものであった。
「なあ、本当にこんな最期でよいのか。これで良かったのか? この愚か者。バカ息子が!」
のっけから酷いことを言われたような気がする。
ベルモンドは、目の前にかかった薄い膜のようなものを剥ぐようにゆっくりと目を開けようと目蓋に力を込めた。
死病に苛まれた身体に痛みは微塵もなかった。
それは神が約束を果たしたことにほかならぬ。
(意識も記憶もある。俺はベルモンド。ロムレス王に仕えた軍人だ)
覚えている。
ベルモンドは自分が地上に王道楽土を建設した王に仕えた功績として、神から第二の人生を与えられた事実をしっかりと頭の中で反芻し、自分が自分であることに歓喜した。
(記憶の引継ぎは成功だ。よかった)
少なくとも、なにもかもをスッポリ忘れていたら、それは転生とは呼べないだろう。
ベルモンドは自分が自分であることを第一義として転生を望み、神はそれを叶えたのだ。
「……ん?」
気づけば四方が暗い。
というか、自分は狭い箱の中に押し込められているようだった。
――転生、ということは過去の自分ではないほかの誰かに生まれ変わることだ。
(生まれ変わった、ということは赤子……ではないな。この腕も身体も成人男性のものだ。とすると、なんだこれは? ここはどこなんだ? とりあえずはここから脱出せねば)
腕を動かすと、ベルモンドは少なくとも自分が男であるということがわかり、ホッとした。
男として数十年生きた記憶があるのだ。
神に対して性別までは注文しなかったが、そのあたりも考慮してくれたところは、中々に気が利くといえる。
「じゃなくて、とにかくここから出るぞ」
力を入れて腕を突っ張ると上部の蓋らしきものが圧壊した。
「きゃあ!」
「ひゃ!」
「ひいいっ!」
何種もの悲鳴や怒号が目覚めたばかりであるベルモンドの耳朶を打った。
まず、目に入ったのは床に尻もちをついて怯えているライトブラウンの髪を持つ非常に美しい女性だった。
喪に服すための黒一色のドレスを着ている。
「なんだ、ここは?」
ベルモンドは周囲をぐるりと見渡して、目に入ってくる色とりどりのガラスと祭壇、参列する人々の数。
それに神父と修道女の姿を見つけ、ようやくこの場所が教会であるということに理解が至った。
「俺の葬式か?」
ベルモンドが口を開くと目の前の二十歳くらいの美女がひいっと小さく呻きさらに怯えた。
「バカな。まさか、すでに彼は死霊に取り憑かれていたということですか?」
神父が祓いのための書物をめくり神聖魔術を唱えつつある時点でベルモンドはようやく慌てた。
このあと、彼は自分がゾンビ化していないことを納得して貰うのに、相当な努力を要した。