3 二人目の適格者
「の、呪い……?」
「はい。呪いです。タチの悪い呪いですね……。しかも二重になっていました。……ああ、そうです。これをちょっと弄ってあげれば……」
彼女は右手を俺の腕に這わせる。
その感触にゾクゾクとしながらも、俺は身を任せた。
「……はい、完成です。呪いを反転させたのです」
「……反転?」
「そうです。旦那様が仲間から追放されやすくなるようなっていた呪いの仕組みを逆転させて……」
「……じゃ、じゃあもしかして俺はもう、追放されなくなるのか……!?」
これからパーティ探しをしなくてもいい!?
そう思った俺の言葉に、ミユサは首を横に振った。
「いえ。旦那様が追放しやすくなるような祝福ですね」
「そうか! それならパーティメンバーを追放しやすくてどんどんパーティメンバーが減っていき……って結局パーティ組みにくくなるだけじゃねぇか!」
「わたしと旦那様の二人パーティではご不満ですか?」
「ご不満だよ!」
ぐおお、と俺は頭を抱える。
それを見た彼女は「びっくりです」と言って笑った。
「ではこちらに手を出すのです。旦那様が絶対にパーティから追放されることのないようにもしてあげるのです」
「え?」
俺は言われるがまま、手を差し出す。
彼女が噂通りの賢者なら、本当にそんなこともできるのかもしれない。
俺の差し出した手を、彼女はしっかり握りしめた。
「……我ら健やかなる時も病める時も共に愛し合い、永遠にその仲が引き裂かれん事をここに誓い――」
「――待って待って待って! それ結婚式でよく聞くヤツじゃない!?」
俺がミユサの呪文詠唱を遮ると、彼女はキョトンと目を丸くした。
「それがどうかしたですか……? 立派な婚姻の祝詞です。これにわたしの魔力を混ぜて呪いを編み込めば、絶対に裏切ることができず離れる事もできない魔術契約の成立です。たとえ死んでも離れられなくなるですよ? 何も問題ないですよね?」
「問題大ありですよ!? ていうかキミ重くない!? 確認だけど、俺たち初対面だよね!?」
「……わたしとでは、嫌ですか?」
ぎゅうっ、と俺の手を握る彼女の手に力がこもる。
「い、嫌っていうか……なんていうか……その……物事には順序があるっていうか!?」
「わたしのこと、嫌いになったですか……?」
「そもそもまだ好きにもなってないからね! 前提がおかしいから!」
「そんな……じゃあわたしのこと……嫌い、なんです……? そんな……そんなの……」
彼女の目がまっすぐにこちらを見つめる。
「そんなの……いくら旦那様でもゆるせない……!」
その目からは執念のようなものが感じられて、背筋が震えた。
――マズイ。俺はここで、呪い殺されるのかもしれない……!
そう思った瞬間、別の方向から声がかけられた。
「――おちつけ、ミユサ」
声のした方を振り向く。
するとテーブルの椅子に、いつの間にかミユサよりもさらに小柄な人影が座っていた。
その声は高い声なので、少女か少年なのだろう。
だが全身を黒の装束に身を包み、さらに仮面まで付けているその姿からは、中身の性別まではわからなかった。
その影は言葉を続ける。
「お前はいつもそうだ。虫けらのような物にもいちいち入れ込んで。それでは誰もお前を愛さない」
「……エルンちゃん」
ミユサの表情が少し和らいだ。
……っていうか今、さらっと俺のことを虫けらとか言わなかったかコイツ!?
エルンと呼ばれた人物は、その仮面をこちらに向けた。
「お前が悪評で持ちきりの錬金術師か。噂通りの外見だ。きっとその姿通りの人間なのだろうな」
……俺は100回パーティを追放されるような顔してるっていうのかよ。
俺は思わずそれに言い返す。
「……ていうかお前、なんなんだよ。この子の知り合いか?」
「お前に答える義理はない。それとも聞けば答えてもらえるとでも思ったのか?」
こ、こいつ……! なんて生意気な……!
もしかしてこいつが三人目のパーティメンバーか……!?
さすがギルドから紹介された問題児、初対面の相手とまともに会話する気すらないってことかよ……!
俺たち二人の会話にミユサが笑う。
「ふふ、エルンちゃんとわたしは幼馴染みなのです。二人とも仲良くしてくれて嬉しいですね」
「今の会話が仲良く聞こえたのか!? 俺は虫けら扱いされた上に、外見を否定され、質問も拒否されたんだが!?」
俺の言葉にミユサは困ったような表情を浮かべた。
「エルンちゃんはちょっとシャイで口が悪いから……。ね、エルンちゃん」
ミユサはエルンへと視線を向ける。
エルンはそれに黙り込んだ。
ミユサが再び口を開く。
「エルンちゃんは仲良くしたいそうです」
「今の反応で!?」
俺はエルンの方を見つめる。
するとエルンは小さくコクンと頷いた。
ミユサが話を続ける。
「エルンちゃんのお話を聞くときはコツがあって。『虫けら』って言ったのはたぶん、わたしが子供の頃にセミと一生を添い遂げようとした事件のことを言っただけで、旦那様のことを言ったわけじゃないですよ」
「ワンシーズンで寿命が尽きるセミ相手に一生を暮らそうとしたの!?」
ミユサは俺の言葉に「えへへ」と恥ずかしそうに苦笑する。
「あと『噂通りの外見』っていうのは『錬金術師っぽい服装してるね!』っていう意味で、『答える義理はない』っていうのは『もっと仲良くなってから教えるね』って意味です」
「翻訳が難解過ぎる!」
俺が頭を抱えて叫ぶと、それを見ていたエルンが小刻みに震えだした。
「……ボク、口下手、だから……。お前のこと、バカにするつもりとか、なかったのに……」
「マジなのかよ! 口下手というか……会話が致命的に下手だろ!」
俺は思わずツッコミを入れてしまう。
ギルドの話ではエルンもどこかのパーティから追放されたとのことだが……どうやらそのコミュニケーション能力に問題があるようだった。