2 第一メンバー、発見
「……こねぇ」
新たなパーティの待ち合わせの時間。
ギルドのテーブルに腰掛けていたのは、俺一人だけだった。
「マジかよ……。たしかに問題児ばっかだとは聞いていたが」
受付のお姉さんから聞いたのだが……聞くところによれば、今回集まる四人は俺ふくめて全員がパーティを追放されて来ているらしい。
実力は本物らしい。
だが、一癖も二癖もある連中ということだ。
それぞれのプライバシーに関わるので追放された理由までは教えてくれなかったが……まさか誰一人として時間通りに来ないとは。
いや、時間を守らないぐらいはどうでもいいことだな。
……まともな人間でありさえすれば文句はない。
――だがどうせ今回もダメなんだろう。
俺はパーティメンバーと出会う前に、既に諦めかけていた。
俺は今までパーティに入る度、追放されてきた。
不運なミスをしてしまったり、知らない間に変な誤解をされてしまったり、他のヤツの悪事を押し付けられたり。
中にはなんの理由もないのに追放されたこともある。
俺の責任がゼロとは言わないが、俺のせいじゃない事がほとんどだった。
――俺はきっとそういう運命を持って生まれてきたのだろう。
そんなことを考えながらぼんやりとパーティメンバーを待っていると、ギルドの入り口から一人の少女が入って来た。
その姿は異様な雰囲気の服装だった。
歳は十五、六ぐらいだろうか。身長は女性にしても低めだと思う。
彼女は全身を黒いドレス――たしか『キモノ』とかいう東方の地に伝わる帯留めの、丈が短い服――に身を包み、その長い黒髪を左右で二つ縛りにしていた。
人の外見にとやかく言う趣味はないが、少なくとも冒険しにいくような動きやすい服装とは言えないだろう。
もしかして、あれが新しいパーティメンバーなのか……?
彼女はゆっくりとこちらへ近付いてくる。
……しかし突然歩みを止めると、その場にしゃがみ込んだ。
その様子を観察していた俺は、思わず立ち上がり彼女へと駆け寄る。
「……どうしたんだ? 大丈夫か?」
俺の言葉に、彼女は顔を上げた。
不健康そうな色白の顔。
その目の睫毛は異様に長い。
人形のような顔立ちからは、不健康さ三割、可愛らしさ七割ほどの印象を受ける。
彼女は口を開いた。
「……あの」
「どうした」
「……いえ、その」
「うん」
「……疲れたです」
「……そっか」
どうやら歩くのに疲れて座り込んだらしい。
うんうん、疲れたなら仕方ないな……。
……って、ひ弱過ぎないか?
俺は不安を感じる。
……だがここで諦めるわけにはいかない。
最後かもしれないパーティを組むチャンスを――新大陸へ行くチャンスを、逃してなるものか!
俺はむりやり笑顔を作って、彼女に手を差し伸べる。
「立てるか?」
彼女はぼんやりとした表情で俺の手を見つめた。
そして軽く首を傾げる。
「……どうしてです?」
……『どうして力を貸してくれるんですか?』という質問だろうか。
パーティメンバー(予定)なのだから当然の事だとは思うが……。
……しいて言うなら。
「運命、だな」
101回目のパーティメンバー。
運命に導かれて集まったと言っても過言ではない。
いややっぱり言い過ぎかもしれない。
俺の言葉に彼女は目を丸くしていた。
彼女は俺の手をその両手で包むように握る。
「運命……ですか……」
そうしてその顔に微笑みを浮かべた。
それは思わずドキッとするほどに可愛らしい笑みだった。
「そっか……これが運命……。ふふ、そうなんですね。今日この日が……運命。……どおりで」
「……ん?」
何か会話のやりとりにズレがある気がする。
ともかく俺は手に力を入れて、彼女を引き起こした。
「大丈夫か? 歩けるか?」
俺が彼女に声をかけると、彼女はするりと俺の腕を取って腕を組んだ。
がっしりと抱えられるように腕を持たれて、彼女の胸元の柔らかな感触を感じる。
……えっ? 何これ?
驚く俺の様子を一切気にせずに、彼女は笑みを浮かべた。
「大丈夫です。……旦那様」
「旦那様!?」
……な、何が起こっている……!?
俺は彼女の突拍子もない言動に、自身の胸の高鳴りと、そして同時に少しばかりの不気味さを感じていた。
この子、何を考えているんだ!? 初対面だぞ!?
俺はギクシャクとぎこちなく歩きつつも、自身の座っていたテーブルへと彼女を連れていく。
そして椅子へと座らせた。
「え、ええと……ギルドの紹介で来てくれた人、でいいんだよな?」
俺も同じく椅子へと座って恐る恐るそう尋ねると、彼女は笑顔でうなずく。
「はい……。名前はミユサと言います。魔法を少々使えますです」
「ミユサ……どこかで聞いたような……。まあいいや、俺の名前はシン。噂には聞いてるかもしれないが……」
「ええ、わたしの将来の旦那様ですよね?」
「……おっと? すまない、もしかすると俺の耳がおかしくなったかもしれない。もう一度言ってもらっていいか?」
「わたしの、将来の、旦那様です」
彼女は親切に二度も同じ事を言ってくれた。
しかも二度目は言い切った。
どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。
……なんだこの女は。
もしかして……一目惚れ……というやつなのか?
そんな今時ヘタな吟遊詩人でも歌わない唐突な展開に、俺は頭を抱える。
……いやでも、こんな美女に惚れられたというなら満更でも――。
「――はっ!? いや、マズイぞこれは!」
俺はそれに思い当たる。
「展開が読めた……! これは――恋愛空気流入効果!!」
説明しよう!
恋愛サーキュレーションとは、パーティの中に恋愛フラグが立ちまくることで起きるパーティ崩壊現象のことだ!
かかったが最後、人間関係はどんどん複雑になっていき、最後はパーティが空中分解するぞ!
「こっちは何もしてないのに、勝手に周りが勘違いしてドンドン空気が悪くなっていくんだ!! その結果、なぜか俺のせいにされてパーティから追放され……! ぐわぁあー! 過去のトラウマが俺を襲う!」
俺は過去のパーティであった出来事を思い出して頭を抱えて机に突っ伏した。
それを見た彼女は、そっと俺の手を握る。
「かわいそう……。旦那様、そんな呪いをかけられていたですね……」
「うう、そうだ……。まるで呪いのように俺はいつもいつも追放される運命なんだ……」
「いえ、正真正銘――」
彼女は真剣な眼差しで俺を見つめた。
「――これは絶縁の呪いです。あなたは呪われているのです」
その表情から先ほどの気怠げな雰囲気が消えている。
「これは東方に伝わる呪いです。かけられた者は運気を吸われ、人との折り合いが悪くなったり、本来すべき成長が阻害されたりします。そうして他者や望む未来との縁を絶ちきる……それが絶縁の呪いなのです」
彼女は俺の手を握りながら、目を見開いた。
――思い出した。
最近街でよく聞く、Sランク冒険者クラスの実力を持つと噂の魔女の名前。
それはたしか――。
「その呪い……解呪させてもらうのです」
――東方の賢者、ミユサ。
彼女の手から青白い魔力光が漏れ、パキン、と何かが割れるような音がした。