10 仮面の下の素顔
「お、お前なんでここに! っていうかいつの間に!?」
「べつに。何をしているのか気になって後を付けてみただけだ」
そう言っていつの間にか俺の工房に入って来ていたエルンは、仮面越しにポーションの精製器を見つめていた。
「これは何をしてるんだ? そこでアホ面してないで教えてくれ」
「好きでアホ面してるわけじゃねぇよ、この顔は生まれつきだ……!」
俺は立ち上がりながら、突然の客人であるエルンに説明を始める。
「これはポーションの純度を高めてるんだ」
「純度ってなんだ。説明しろ」
「……ポーションは薬草なんかの成分を抽出して薬液を作るんだが、どうしても不純物が混じってしまって薬効が落ちる。だからそれを精製して、余計な物を取り出してるのさ」
「……何言ってるのかわからん。もっと簡単に言え」
エルンの言葉に俺はため息をつく。
「……赤黒いのが未完成。透き通った赤が一番低ランク、青みが増すほど良いポーション。良いポーションにする為にこうしてボコボコさせてます。……まあ俺が作れるのは最低ランクの真っ赤な色をした☆1ポーションが限界なんだけどな」
「ふぅん。お前、無能なんだな」
「気にしてるんだぞ! 泣くぞ!」
俺だって本当ならもっといいポーションが作りたい。
だが製法の他にも、レアな材料や器材、込める為の膨大な魔力が必要な薬だってある。
俺が作れる中でも一番効率よく作れて売れる薬が、この最低ランクのポーションだったのだ。
「いいんだよ……こんなんでも需要があるから」
「お前は需要がないから追放されたのにな?」
「一言多いんだよお前は! この部屋から追放すんぞ!」
俺がため息をつきながら部屋の隅に置いてあるボロい椅子へと腰掛ける。
エルンはポーションの精製を続ける装置に顔を近付けると、その仮面をコツンとフラスコに触れさせた。
「……おい、見てもいいが不用意にさわるなよ。そんなに強度が高いもんじゃないんだ」
「おっと、ごめん」
彼女はそう言って少し顔を動かした後、その仮面に手をかけた。
「――仮面を付けてると見にくいな」
子供でもわかるようなことを言う彼女。
しかしそれにツッコミを入れる前に、俺は言葉を失っていた。
彼女が仮面を外した。
その仮面の奥から現れたのは、銀髪の美少女だった。
そしてその耳には獣耳がついていた。
「……獣人」
「あ?」
俺の言葉に彼女はこちらを向いて睨み付ける。
獣人や亜人というだけで差別する人間もいるので、警戒されたのかもしれない。
「い、いや、かわ――」
可愛い顔してるな、と言いかけて、俺はあわてて口を押さえた。
……あっぶねー!
不用意に異性を褒めてはいけない!
なにげない一言が恋愛フラグを立て、共同体の崩壊を引き起こすことはパーティ追放界隈では常識の事である。
俺は冷静を装いながら口を開いた。
「……なんだ案外まともな素顔してるんじゃないか。どうして仮面なんかしてるんだ?」
「なめられるからだ。今のお前にされるみたいにな」
……反論できない。
エルンはそう言いながら、ポーションの精製する姿を「わー……」と目を輝かせながら見つめた。
どうやら彼女は幼い見た目通りに、何にでも興味を持つ年頃らしい。
彼女はぼんやりとコポコポ音を鳴らす精製器を見ながら、話を続けた。
「……あと、ボクは暗殺者だしな。不用意に顔を見られるのはマズイんだ」
「俺には見られていいのかよ」
俺の皮肉のつもりで言った言葉に、彼女は首を傾げる。
「パーティメンバーに顔を見せるのは、おかしい事なのか?」
「……あ、いや」
俺は彼女の一言に言葉を詰まらせた。
……もしかして、彼女は俺のことをもう仲間だと認めてくれているのか。
エルンは口下手だ。
だが言葉以上に、その行動で好意を示してくれているのかもしれなかった。
「……いや、すまんな。なんでもない。俺が悪かった、忘れてくれ」
「え? 気持ち悪っ」
彼女は汚物を見るような表情でこちらを見る。
……仮面の下でいつもそんな迫真の表情をしてたのかよ。
俺は内心少し傷付きながらも、彼女に向かって肩をすくめてみせた。
「……まあ、こんなのでいいなら好きなだけ見ていけよ」
「うん」
エルンは黙ってポーションができていく姿を見つめる。
俺はボロ椅子に腰掛けながら、それを黙って眺めていた。
* * *
「……あれ、もう朝か」
外から差し込む陽射しに目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
いつもはそんなになるまで頑張ったりはしない。
……なんでそこまで張り切ってたんだっけ……?
「……ん?」
俺はポーションの精製器に目を向ける。
そこには真っ青に透き通った色の液体が入っていた。
「……んんん?」
俺がいつも作っている☆1のポーションは赤色だ。
だがそこにあるのは、見たこともないほど濃厚な青色のポーション。
赤紫や青紫でもない、純粋な青。
「これは……☆5ポーション」
金貨数十枚あっても買えないような高級品が、そこにはあった。




