プロローグ
人類種の領土の前線に位置するとある町は今、そこに住んでいる住民の悲鳴や冒険者の怒号に包まれていた。
「おい、魔族がこっちに来たぞ!」
「まだ、家の中に子供が!」
「高ランク冒険者はまだか!?」
逃げ惑う人々から魔族と呼ばれたどこか人型でありながらかぼちゃのような頭をしたウィルオウィスプにも似た存在は笑いながら口から火の玉を出し、町を破壊していく。
吐いた火の玉ひとつひとつが、冒険者が使う中級魔法並みの威力がある。それを高速かつ連続で発射しているため、冒険者たちも手が出せずにいる。
「くそ! これ以上好きにさせてたまるか! 『ウォーターカッター』」
「魔法を使えるものは援護を頼む! 俺たち前衛職は攻め続けろ! 反撃の隙を与えるな!」
「俺たちの底力をあのクソ魔族に見せてやるぞ」
だが、冒険者たちもタダでやられているわけではない。障壁を張れる者たちが少しでも町の被害を減らそうと尽力し、近接攻撃が得意な者はダメージを顧みずに果敢に特攻し、魔法が得意な者はその者たちの援護など、持てる力のすべてを持って魔族に対抗している。
そんな冒険者たちの決死ともいえる猛攻が功を奏したのか魔族は舌打ちをしながら少し後退する。
「ちっ! 鬱陶しいんだよ。人間ども!!!」
魔族はそう忌々し気に吐き捨てると今まで連射していた炎弾を止めて、ぱっかりと口を大きく開く。
するとその大きな口を中心に今までとは比較にならないほどの魔力と熱が集まり始める。
「死ねェ!」
そして発射。先ほどまでの連射とは違い、溜めを伴って放たれたそれは先ほどの炎弾と比べ、数倍の大きさはあるように見える。例えるなら先ほどの炎弾を銃弾だとすれば今度のは大砲の玉だろうか。そしてその二つの違いは大きさだけではない。威力も桁違いになっており、それは町の舗装された地面の表面を融解させながら冒険者たちに迫る。
「まずいぞ! 障壁早く!」
「今やってる!」
冒険者たちは先程とは比べ物にもならない炎弾を見て、あれをもろに受けてしまったらこちらの勝機が完全に失われることを本能で理解したのか、慌てて全力で何重もの障壁を展開するが、迫りくる巨大な紅にとってそんなものは無駄な足掻きでしかない。
肌をじりじり焼かれるような熱に、冒険者たちは無駄だと知りながら本能で身を固める。
しかし、だれもが死を覚悟した瞬間、冒険者たちと炎弾の間に超スピードで割り込む人影が現れた。
その人影は巨大な炎弾を見つめると、静かに腰を下ろして拳法の構えのような形をとると......
「ハァ!」
気合い一線。繰り出した正拳付きであれほどまでに絶望的だった熱を霧散させる。
「な、なんだとぉ!?」
魔族は自身の攻撃がたった一人の人間によって防がれたことに驚きを隠せない様子で叫ぶ。
魔族が忌々し気に睨むその人物は、神聖さを感じさせる純白と荘厳な金を基調として、動きやすいように他の物と比べると極めてスリムな全身鎧に身を包み、その鎧と同様にどこか触れるのを躊躇させるような美しさを持つ直剣を背中に差している騎士であった。
「うおおおぉぉぉぉ!!!」
「リヒトが来てくれたぞ!」
「遅せーよ!!! 来るならもっと早く来い!!!」
「とりあえず、今動ける冒険者は動けないものを連れて避難するぞ!」
冒険者たちは自身の命を救って見せた希望の騎士の登場に歓喜の叫びをあげると同時に、自分たちがここにいるとその騎士の戦いの邪魔になることを悟り、ひとり、またひとりと避難していく。
リヒトは冒険者たちの非難が完了するまで決して攻撃させてなるものかと、無言で魔族を睨み続ける。
流石の魔族でも、先ほど己の必殺技とも呼べる攻撃をただの正拳付きで防いだ相手とのにらまれたとなっては迂闊な攻撃はできない、なにせ攻撃したら最後先ほどのような一撃を今度は自身が喰らうかもしれないのだ。
どうしたものかと思案する魔族だったが視線を横にずらすとニヤリと笑みを浮かべる。
リヒトがいきなり笑い始めた魔族を不思議に思い、嫌な予感がして魔族の見た方を確認すると、そこには逃げ遅れたであろう子供がすでに崩れた家の中でしゃがみ込んで泣いていた。
「人間のガキィ! 貴様は今から俺の人質になれ!」
魔族はそう叫びながらかぼちゃ頭には似合わないような超スピードで駆け出し、その子供に腕を伸ばすも、それ以上のスピードでまるで滑るように追いかけてきていたリヒトに追いつかれ、人の頭なら頬だったであろう場所を殴られる。
その拳は先ほど炎弾を消し飛ばしたことからわかるように、途轍もない力を秘めていた。そんなものに殴られた魔族は跳ねるように飛ばされる。
「子供には指1本触れさせない!」
子供を庇いながら早く逃げるように伝えると、リヒトは先ほど殴り飛ばした魔族の元へと向かう。
「クソがァァァ!!!」
魔族は怨嗟の声とともに何とか起き上がり、頭がふらつくのを我慢しながら牽制の炎弾を高速連射する。
しかしリヒトにはそんな間に合わせの魔力しかこもってないような炎弾など意味をなさない。魔族の怯えを隠すような必死の攻撃を意にも介さずに直線距離を進む。
「フッ!」
呼吸とともに突き出された拳を魔族は何とか身をよじることで躱した。それはまぐれに近いものだったのか躱した魔族も驚きの顔を隠せないでいた。しかしこれは好機とリヒトの顔にカウンターをくらわす。
だがノーダメージ。魔族の渾身の一撃は確かにリヒトの頭にクリーンヒットしたが如何せんこのウィルオウィスプ型の魔族は魔法特化。その膂力自体は大したことは無くそれこそ先ほどまで自身が蹂躙していた冒険者たちと変わらないようなレベルだった。拳はリヒトの首を少し動かしただけでリヒトは特に痛がる様子も見せない。
「バケモンかよ......」
リヒトはどこか諦めた顔でそう言う魔族の腹に所謂ヤクザキックを入れると、魔族は地面をこすりながら吹っ飛ばされていく。その隙にリヒトは左足を軸にしながら右足を後ろに動かし、腰を落とすと同時にゆっくりと力を右足に込める。
「ハァーーーーーー......」
神聖な魔力もみるみると右足に集まっているのか、右足の膝から下が眩いほど白く光り輝く。
光が頂点に達すると、素早く、しかし力強い足取りで魔族に接近、宙高く跳び聖なる一撃と化した飛び蹴りを魔族めがけて繰り出す。
魔族はせめてもの抵抗と言わんばかりに体の前で腕をクロスしてガードの姿勢を取るが、その一撃の前では意味はなく、あえなく攻撃を受け後ろに吹き飛ばされる。
残身。勝負は決したと思われるがリヒトは油断せずに魔族を見つめる。
数瞬後、魔族は体の内側から先ほどリヒトの右足に集まっていたのと同じ光を体のいたるところから発して爆発し跡形もなく消え去る。リヒトのキックによって魔族の内部に魔族の弱点である聖属性の魔力が注入され、内側から崩壊したのだ。
そこまで見届けてようやく気を緩めたのか、リヒトは魔族が居た場所から視線を外す。
「......下級。ウィルオウィスプ魔族、撃破......」
リヒトが何故か悲し気に呟くと、町の外からも先ほどの光が見えたのだろう。群衆の歓声が聞こえる。
「住民たちが戻ってくる前に行かないと......」
リヒトは足早にその場から姿を消し、住民たちが戻ってきたときその場に残っていたのは先ほどの戦闘でついた炎の焦げ跡だけであった。