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公園に残された通信ケーブル

作者: 二天


 今はもうほとんどの遊具が撤去された寂しい神社の公園。一つだけ残されていたブランコはサビだらけで、座った木の座面も朽ち果てて折れてしまいそうだった。

 おそらく、長い間と人の踏み入れることのなかったであろうこの公園。とっくの昔に廃校となった小学校の、すぐ近くにあるこの場所は、かつて毎日のように下校途中に寄っては泥だらけになった。


「またお母さんにおこられちゃうね」


 キーキーと甲高い音を立てて揺れるブランコに乗っていると、よく耳にしていた声が蘇る。ブランコの柱の赤茶けた錆色が、彼女の瞳の色を思い出させた。

 社会人になった年に地元を離れたぼく。それよりも遥かに早くこの場所を去っていったあの子。

 昨日の雨の残りが、小さな粒となってブランコの上柱からまっすぐ下に、ぼくの頬に溢れる。この町にいたときの、最後の記憶となった彼女の表情は、荒れていて、そこを流れる涙は純粋でまっすぐで、そして冷たかった。

 あのとき以来、ぼくは彼女のことを知らない。結婚して幸せな家庭に囲まれた中で笑っているかもしれないし、仕事で毎日忙しい日々を過ごしているのかもしれない。

 


 だけど、彼女の過去のもっとも深い部分、奥の奥。そこには確かにぼくの存在があったこと、これは決して揺らぐことのない事実だ。

 少なくとも僕は彼女のことが大好きだったこと、また彼女もぼくのことが好きだった。

 これは誰かが知ることもなく、そして誰にも変えることのできない、静かで小さくか弱い事実である。



 足下の雑草が優しい風に揺られる。

 雨露を含んだ雑草を揺らす風は、そのまま僕のくるぶしを撫でて遊ぶ。その風にぼくの心が痛む原因を聞いても、知らないふりをして通り過ぎていった。風が抜けていった後に、ただ1つの懐かしい思い出が残った。



 ○



 その公園に来たとき、私は複雑な思いで胸が張り裂けそうだった。

 彼とは毎日の登下校を一緒に歩き、学校が終わってからは、欠かさずにこの公園に寄って、疲れ果てるまで遊んで帰る。最近ようやく身長が追いついてきた鉄棒に、ランドセルをぶら下げるのが恒例となっていた。

 この日も、いつもと同じく型崩れしてボロボロになった黒いランドセルの隣に、私の赤いランドセルをぶら下げた。2つのランドセルをみただけでは、きっとそれぞれの持ち主が同い年であるとは誰も思わないだろう。どうしたらそこまで彼のランドセルはボロボロになるのか。まさに彼の性格をよく表していると思う。



 私は少しずつ紅くなってきた夕空の下、この公園の一番高い場所。ジャングルジムの上にいた。

 空を見上げると、紅く塗られた風が私の頬を撫でる。すっと肌寒くなってきた空気に季節の移り変わりを感じた。

 それから、ちょっとした木々に囲まれた先にある神社の方をみると、彼が神社の鈴の下、階段の端に座ってゲームをしている姿がみえた。


 「どうしてもここのモンスター捕まえられないんだけど!」


 彼もまた、私が見るのとほぼ同時にこっちを向いた。最近流行ってるゲームの中の、希少なモンスターを捕まえることに夢中になっている彼。そんな彼と目が合い少し胸が揺れる。

 彼と一緒にいると、なぜか心が落ち着かない。それは別に一緒にいたくないとか、彼が嫌いとか、そういうことじゃなくて、またこのことを誰かに説明しようとすれば、恥ずかしさが勝って相談することもできない。

 どうしようもない気持ちを抱えたまま、彼と一緒にいてどれくらいになるのだろうか。そう考えたら、一層に胸が張り裂けそうでたまらなくなった。

 

 「そこのモンスター私も捕まえるの大変だったなぁ。何回も電源きってやりなおしたよ」


 私は気持ちを隠しながら、彼に言葉を返す。彼はあははと笑って、再び画面に視線を移してゲームに夢中になった。



 私は昨日の夜の、お母さんとの会話を思い出す。


 「近いうちの話なんだけど、私達この家を引っ越すことになったのよ」


 最初、お母さんの言葉を耳にしたとき、まるで自分のことを言われているとは思えなかった。

 引っ越し、家を出る。このことがどういうことなのかまるで理解できなかった。生まれたときからお父さんとお母さん、そして私を含めた3人でずっと住んでいる家だ。ここを出て他のところに住むだなんて、いままで想像したこともなかった。お母さんは言葉を続ける。


 「これからは私と2人で住むことになったの」


 お母さんの言葉はすこし震えていた。そしてもうこの町には戻ってこないという。

 その言葉を聞きながら、私はリビングの奥の台所をぼうっとみていた。台所の流しには、昨日の晩ごはんで使った皿やカップが、水道の蛇口から滴る水滴を浴びている。そういえば、昨日もお父さんいなかったっけ。



 それから長い時間と、お母さんは引っ越しについて細かいことを説明してくれたけれど、私の耳にはほとんど残らなかった。明日このことを彼に言わなきゃ。その思いだけが私の中に強く残った。

 


 冷たい風が再び私の頬をかすめる。それで私は我に返った。いつの間にか空は紅色から紫色に変わり、街灯が光り始めていた。

 彼は相変わらず、神社の階段でゲームをしていた。



 私はジャングルジムを降りて、彼のいる場所に向かった。その途中、鉄棒にぶら下げられた赤いランドセルから、学校に隠して持っていった私のゲーム機を取り出す。ゲームに装着されているソフトは、バージョンの違う彼と同じゲームソフト。ゲーム機と一緒に通信ケーブルも持っていった。

 彼の近くまでたどり着いても、私に気づいていないのか、ゲームの画面から顔を外さない。ゲーム機からは、単調で小さな電子音が流れて周りを漂っている。


 「どう?捕まえられた?」

 「いやぜんっぜん!体力をぎりぎりまで減らそうとしたら倒れるし、めちゃくちゃいらいらするんだけど」


 真剣に言う彼の言葉がなんだかおかしくて、笑う私。


 「ねぇ、対戦しようよ」

 「えぇ!!こいつ捕まえなきゃやだ」

 「いいじゃん!!一緒にゲームやろうよ」


 彼に対戦を否定されたことが、このときはすごく嫌だった。彼は一度始めたら達成するまで絶対あきらめない。そういう性格をしているのはきっと私がいちばんよくわかっている。でも、このときだけは彼に否定されたくなかった。

 そのとき、彼のゲーム画面が、ぷっつりと切れる。


 「ああぁぁ!電池切れたぁ!!」


 彼のゲーム機の息が途絶える。彼は心底絶望したような表情になった。


 「単3電池貸して!!」


 彼は私に懇願する。あはは、私のゲームも電池切れみたい。私は彼がこっちを向く直前に、手元を彼から隠して電池を1つはずし、そして電源スイッチを動かした。

 当然電池の外された私のゲーム機は、起動しない。それをみた彼は、一層に絶望の表情を浮かべる。


 「あーあ、やっとコツをつかめたところなのになぁ」


 嘘か本当か、彼はそんなことをいいながらため息をつく。私はそんな彼の隣に座って彼の方をみた。1つだけ神社の柱の隅に設置された明かりが、彼の顔を弱々しく、ぼんやりと照らす。見慣れた顔が隣に、そして周りの木々がサワサワと風に揺れてなく。

 

 「電源が切れたら、通信ケーブルをつないでも一緒に遊べないね」


 私の言葉に、当たり前だろと彼は返す。お互いにつながっていても、どちらか片方が動かなければ、一緒に遊ぶことができない。ゲームが動かなければ、それは無いのと一緒だ。

 私は彼のゲーム機と一緒だ。どんなに彼と心がつながっていても、私はここからいなくなるのだから。

 

 

 神社の鈴が風に揺れ。カラカラと音を立てた。その音が耳に入ってきたのと同時に、私はたまらなくなって泣く。何も知らない彼は、当然慌てだす。


 「いきなりどうしたんだよ」


 結局この日、私は彼に何も言えなかった。この町を出ることも、気持ちも、言わなきゃいけないことを、全部。

 そして持っていた通信ケーブルも、ゲーム機も、今までの思い出も、このとき、全てが神社の鈴の音の中に取り残されていった。



 ○



 ブランコから降りたぼくは、そのまま公園の奥の、木々に囲まれた神社に向かった。

 神社は懐かしい雰囲気に包まれ、そして昔よく遊んだ、あのときのまま残されていた。

 神社の鈴も残っていたが、昔はあったはずの紐が取り外されている。また、よく座ってゲームをしたり、彼女と長い時間語り合った階段は、ずいぶんと小さく見えた。

 ぼくは成長の止まった階段の端に座る。この場所から見える景色もまた、懐かしい。

 正面を向けば広場を越えた向こうでサワサワと木々が踊っている。また、右を向けばかつては彼女の笑顔が大きく見えていたが、今は神社の柱が、向こう側で寂しくじっと立っていた。

 耳を澄ますと静寂が、本当に時間が止まっているような感覚に包まれた。木々がそっと揺れるだけ。この雰囲気が、昔から気に入っていた。



 彼女は、ここで二人で最後に遊んだ日から、2週間と経たないうちにこの町を出ていった。

 彼女が学校に通う最終日に、その日の最後の授業時間を使って、クラスでお別れ会をした。その時に、彼女がどんなにクラスの人気者であったのかを、ぼくは思い知らされた。

 クラス全員で涙したお別れ会。ぼくはプレゼントと一緒に手紙を渡した。

 確か手紙はすごく長い文章になったはずだけれど、今はもうほとんど内容を覚えていない。でも、彼女がいなくなることが本当に悲しくて、いきなりで、泣きながら綴っていった文字に鉛筆の芯がなんども折れた。

 消しゴムの角が真っ黒になるほど強い思いで、全力であのときの思いを手紙に書いた。あれは今となってはいい思い出だ。



 結局彼女はその日以降、この町に戻ってくることはなかった。いや、少なくともぼくの前には二度と現れなかった。

 だから手紙の返事も、何もない。あのときから彼女という形を失ってしまった。



 気がつくと、ぼくは泣いていた。いい大人になって一人、神社に座り込んで泣いている。絶対誰にも見られたくない姿。

 そして潤んだ視界で、なんとなくさっき見た柱とは反対側の、今自分が座っている方の柱をみたとき、驚いた。

 柱には、絵が書かれている。これは以前よくここで遊んだときに、ぼくと彼女がふざけて書いた絵だ。

 さすがに時間が経っているから、太いマジックで描かれたとはいえ、絵はうすくほとんどが消えかかっている。たしかその絵は、昔よく熱中したゲームに出てくるモンスターだったはずである。


 

 ぼくが何よりも驚いたのが、その絵その隣に、記憶にない文字が書かれていることだった。



「ここは私のすべて。ありがとう」



 時間は経っているけど、その字は確かに新しい線で書かれていた。少なくとも、ぼくと彼女で描いた絵の線よりもずっと新しく、また書かれてから明らかに数年は経っていそうだった。

 言葉の最後に、彼女の名前が書かれている。ぼくが決して忘れることのない、昔は誰よりも近くにあった名前。

 結局、彼女に気持ちを告白することもなかったし、告白されることもなかった。ぼくが初めてちゃんと恋をしたのは、彼女との思い出とは全く違う場所の、ずっと後になってからである。

 もしも彼女と別れることなく、ずっと一緒にいたら、この柱に書かれた文字は変わっていたのだろうか。

 繋がっていたはずの心と心が、いきなり切断されることもなく、今も一緒にいることができたら。


 ぼくは立ち上がり、公園を出ることにした。

 人のいなくなった公園は、再び静かに眠りはじめた。

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