第7話 名づけと休息
「きゅー」
守の朝はその鳴き声から頬にすりすりとする攻撃から始まる。
「たまりおはよう」
名前はたまりと決まった、決める時には色々と口論があったのだがその一部が。
「狐ベースだろ? それで殺生石が係わってるなら〝たまも〟でよくないか?」
『安直過ぎるじゃろ! それに名前に引っ張られたら如何するんじゃ!』
「なら〝たまご〟黄色くてよく丸まってるし」
『黄身かしら? 美味しそうではあるけど止めた方がよくない?』
「むむむ……〝たまきち〟」
『その名前じゃ男の子じゃない……可愛さの欠片も無いわ』
一柱と一匹にこれでもかと駄目だしをされた守だったが、漸くひねり出したのが〝たまり〟であった。
ひらがなで決定したのは色々理由があるから、〝り〟の字が離や理に璃のどれが良いか? と悩んで全部混ぜちゃえ! ならひらがなだ! っとなった。
其々の意味合いが、玉藻から離れるで離、これはなるべく伝承に引っ張られないようにという思いで。次に理は大本の概念の一つ磨いて美しい模様を出すの部分から。璃も宝石や水晶といった意味合い。
これらを抱き合わせて、玉藻の伝承から離れ、磨き美しい宝物になるようにと……まぁ、守がそんな風にこじつけた。
決して、丸まった姿をみて〝毛溜まり〟と思ったからではない。きっと。
たまりを首に巻いて学校に向かう。首に巻いてはいるが不思議と暑くも無ければ寒くも無く、丁度いいもふもふ加減だ。妖怪マジックと言った所だろうか?
『完璧な防寒及び防熱妖怪じゃの、しかも普通の人には見えぬと来た』
「かわいいし、もふもふだしね」
『今の世じゃと、我等を見ることが出来る人間の子はホボ居らぬからのう』
「でも見える人も居るんだよね?」
『安心してよいぞ? お主の祖父母のように神が滞在しておった場所の出身の者ぐらいじゃ。そして、子孫への遺伝も三つか四つ進むともう存在を確認する事は出来ぬよ』
「あれ? じゃぁ俺が気がついたのはぎりぎりだった?」
『そうじゃなお主が孫であったからじゃ。もしこれがお主の子であったら……我は気が着いてもらえる可能性が、ほぼ無に近かったじゃろうな。まぁその前に時の進みを見れば存在が消えておったはずじゃ』
遺伝も才能もそれを見つけ出し磨かなければ無いのと同じ事で、使ってこなければ自然と使えなくなるのは当然という事だろう。
そういった意味では、祖父母が同じ出身地で助かったと言うところだろうか。
「因みに周囲にそういった土地から出てきた人って居たりするのか?」
『お主の家族以外は居らぬな』
「なら取り合えずは安心か」
「きゅーきゅきゅっ」
「魅雲も見たことが無いと言ってたのか、妖怪情報網にも引っかかってないなら気にする必要もないか」
たまりは人の言葉を使えないが、守は何と無く意思疎通ができる。名前を着けた事による繋がりが出来たからだろう。
ちなみに父親にたまりを見せた時、あまりの可愛さに舞い上がりそうになったのだが、当然母は見ることが出来ないので自重していた。いたのだが、その手がぷるぷると震えていたの察するべき処だろう。そういう訳で、父がたまりに熱を上げるのは幼女神がある程度力を取り戻した後、母に恩恵を与えた後だろう。
「(なぁ? あの時以来あやかしやらなんやらが少し騒がしくないか?)」
『ほう? この微妙な感覚に気が着いておったか。そうじゃの、色々な視線を寄越しておるわ』
「(たまりの事か?)」
『それもあるが、此間のあれで色々騒がしたからの。要するに情報収集による視線じゃな』
「(魅雲が説明したんじゃないのか?)」
『それだけでは心配な奴等もおるのじゃろ、此方から手を出さねばそのうち去るじゃろ』
今の世にアレだけの力を放出すれば注目も浴びると言うもの。守達をみているのは自分達に害があるかどうかを、自分の目で誰かに言われたから等様々ではあるが確認しに着ている。大半は守の首で楽しそうにしている、たまりに目を奪われなにやら和んでいるようだが。
『まぁそれでも続くようならば、〝お前みているな〟あぴーる? をすれば良いじゃろ』
どんどんと何かに影響されている幼女神。嘗ての住人が今の姿を見たら本当どう思うのだろうか。
『しっかしのう……はようから人間の世に紛れた妖怪達は、このように美味しい物や楽しげな娯楽に触れていたと思うと』
「思うと?」
「きゅー?」
『ずるいのじゃ! 実にうらやまけしからん! と言う奴じゃ! この視線の大半はその様な妖怪達なのじゃ!』
駄々っ子である。そんな幼女神に微妙に引きが入っている守ではあるが、あのような地に一人で居ればそれも仕方ないかと思いなおし、今日の帰りは増量版のポテチを買って帰ろうと思うのであった。
『それにしてもたまりちゃん可愛いわね』
学校についてからの魅雲の第一声である、これもまた今の時代への変化だろう。旧来であれば生まれたばかりの妖怪の子も捕食対象だ。今は如何見てもどの種族だろうが保護対象としている。
「きゅきゅ! きゅー」
『うんうんそうなの、幼女がぽてちを食べながらごろごろとテレビを見てたのね』
『ちょっと待つのじゃ! それは我に対する風評被害なのじゃ!』
風評被害などではない事実である。守が授業を受けている最中は基本その様な感じで、一柱と二匹は楽しく会話をするようになっていた。
『それにしても嫌よねぇ、この視線』
『守とも話したが一時的なものじゃろうて』
「きゅー……」
学校も覗いているモノが居るらしい、人であれば変態扱いされる事間違いなしだ。現状人にばれる可能性がないのが救いだろう。
『そういえば、あなた達に会いたい子がいるそうよ?』
『ほう? 一体どんな妖怪じゃ?』
『まだ詳しい話は聞いてないけど、何匹か居るみたい』
『ふむ……霊団が何十年ぶりに発生しおったからかの?』
『そうね、結構騒いでるわよ。前に発生した霊団もあそこまでは強くなかったし、魑魅魍魎時代のそれを知らない子達からしたら……ね』
『なるほどのう……それゆえ少しでも安全な場所を探したいと言う事じゃな』
あの悪霊がやった事によって、妖怪達にかなりの衝撃を与えたのは間違いない。何も知らないのは……そういったもの達と繋がりを持たない人間のみだ。しかしそれも変っていく可能性が出来てしまった以上、妖怪達としても安住の地がほしいのは当然と言える。
『我が居った廃村であれば……しかしまだ力が足らぬか』
『廃村が如何したの?』
幼女神が守っていた土地であれば人が来ない以上、人間の社会に紛れる事ができない妖怪には、十分な安全地帯に出来るかも知れない。だが其れをするにも、現状の幼女神では力が足らない、領域の保護に必要な力は莫大な量が必要だからだ。
『まこと……力が足らぬのが口惜しいのじゃ』
呟く幼女神の其れはただの悔いなのか、それとも何かの暗示なのか、ただ今は一つの事件が終わり休息の時という事だろう。
そんな呟きを聴いてしまった二匹の妖怪は、嵐の前触れで無い事を目の前の幼女神に祈ってみた。