守は伝説に触れる(ただし別妖怪)
「ひぃぃぃ!! ちょっと! 今髪の毛が切れた!! 前髪がすぱーんって切れた!!」
『泣き言を言うでない。たかが前髪だろう? 首の皮を斬った訳でもあるまい……』
叫びながらも守が刀を振るう。勿論、本物の刀だ。銃刀法違反だ!! と思わなくも無いが、心配は無用。
ここは特殊な空間であり、日本国内では無いからだ。
『神域に呼ばれたと思えば、童に剣を教えろと……まぁ、動きは悪くないがまだまだだな』
そして、守に対してそのような評価を下したのは、山伏の様な格好をし、異様に鼻が長い……俗に言う天狗だ。
『とは言え、あの神の頼みでも無ければこのような手ほどきはせぬのだぞ?』
「それについては、本当にありがとうございます」
『お礼を言う相手が間違っておるわ。言うべき相手はあの神と、お主のめぐり合わせの良さだな』
因みに、天狗が言っている〝あの神〟とは幼女神の事である。
どうやら、幼女神と天狗には伝手が有ったようで、幼女神では剣を教えるのに限界が来たために天狗へと頼んだのが事の発端だ。
『我もまだ修行中の身故、他の物に構っている暇など無いのだが……どうやら人の世ではアレが再び現れたそうだからな』
「悪霊ですね」
『その悪霊だな。奴等が暴れるようでは我も安心して修行に励む事など出来ぬ。出来ぬが、我が人の世界に行き悪霊を斬るのもまた問題がある。故に、お主に強くなって貰わねば困ると言う訳だ』
全ては自らの修行の為と言い張る天狗。もはやここまで来ると修行馬鹿である。
だが、彼はそういう存在なので仕方の無い話。逆に、こうして稽古をつけてくれるなど奇跡にも近いだろう。
「そういえば、人に稽古をつけた天狗と言えば鞍馬の天狗が有名ですけど」
『……あ奴は変わり者だったからな。悪霊を相手にする訳でも無いのに人へ剣を教えておったのだから』
知り合いなのだろうか。天狗は遠い空を見ながら思い出すかのようにそのようなことを言った。
『とは言え、あの変わり者と違い我は丁寧に教えるなどと温い事はせぬ。死ぬ気で覚えよ』
「うひゃぁ!? 腕! 腕が落ちるかと思った!!」
『馬鹿もん!! しっかりと武器を握らぬか! 死んでも武器は放すでない!!』
「死んだら意味がないじゃないか!」
『口答えするな!! 剣を握れ! 剣を振れ! 気合で避けよ!』
「理不尽だ!!!」
そうは言いながらも、守は天狗の言われる儘に剣を振るう。
そして、それは少しずつ様になって行き……守がこの場に来た当初の事を思えば格段にパワーアップをしているのは間違いが無い。間違いはないのだが……。
『まだだ! もっと、もっと先が有る! それを我に見せて見よ!!』
「うぅぅぅ、やってやるやってやるぅぅぅぅ!!」
天狗にはまだまだ満足がいっていないらしい。
そして、恐ろしい事にこの空間から出るには天狗が認めないと出る事が敵わない。
守がこの神域から出られるのは一体いつになるのだろうか……それは、天狗の気分次第だ。
因みにそのころの守宅では……。
「きゅ~?」
『守はどうしたのかじゃと? 今、がんばって力をつけておるぞ』
『……れべるあっぷ』
「みゃぁ?」
『うむ、お主等を守る為に必要な事じゃからな! 守も必死になっておるじゃろうて』
「きゅきゅ!!」
『ほう、たまりも強くなりたいとな』
「きゅぅ~ん」
『じゃが、お主はまだまだ成長を優先するべき時。今しばらく待たれよ』
「みゃみゃ!」「きゅ~!!」
『……応援する』
『ふむ、皆で応援するかのう! ふれぇふれぇ守じゃ!』
と、この様な微笑ましい会話が有ったとか。
ただし、守にこの会話と応援は一切届いていないのだが……。まぁ、其れは其れで可愛いので良いだろう。
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残念ながら……鞍馬の天狗様ではありません。
この天狗様は幼女神が管理してた村の近くに居た天狗様です。いわば無名。
 




