現代の猿蟹による抗争
守宅の庭では、それはもう立派な柿の木が育っている。そして、その柿は守達の舌を楽しませて来た。
だが、ここ最近……この家はとんでもない変化を見せている。
幼女神が居座った事や妖怪達が集まった事で、この地が霊的に特殊な場になってしまったのは解り切った事実。
当然だが、その地の栄養素を吸い取っている柿の木にも……その影響は出ていた。
「キッキッキー! この柿うめぇ!」
「最高なんだよなぁ! あ、奴らが来やしたぜ」
「馬鹿だよなぁ。自分達じゃ登れないってのに」
そう柿の木の上で騒ぐのは猿たち。
そしてそのサルたちに向かって、拳……いや、ハサミを振り上げてぶち切れている存在が居る。
「またお前達か!!! 先祖の頃から貴様らは柿を盗み食いしてからに!!」
「さっさと降りて来んかい!!」
「その尻尾斬ったるぞ!!」
ぶんぶんとハサミを振り回し騒ぐのは蟹。
そう、今、守宅の庭では……猿と蟹が木の上と下で対峙していたのだ。
「……なぁ、あれってあの話だよな?」
『そうじゃのう……有名な猿と蟹の合戦じゃな。とは言え、今回は互いに複数いるようじゃが……それにしてもあの猿達め、我が楽しみにしておった柿を無断で食い荒らしよって』
しかも、両陣営すでに一対一なんて状況では無い。そして、一触即発なのは見て間違いないだろう。
なにか幼女神がボソッと最後に呟いたのだが……まぁ、其れ事態は他の誰にも聞かれなかったようだ。ただ言えるのは……きっと猿は後々ただでは済まないだろう。
「誰が降りるかよ! ばーか」
「地の利はこっちが有利なんだ! これでも喰らえ!!」
そう言って猿がお話にあった様に渋柿を蟹に向かって投げつける。
「ふん! 我等をなめるな! このような投擲ぐらいキャッチして見せる!」
方や蟹も特訓をしてきたのだろうか? 飛んできた渋柿を鋏を巧みに使いキャッチ! そして、猿に向かって投げ返した。
「キッーーーーーーーー! 生意気な!! お前らもっと渋柿投げつけるんだよ!!」
「どれだけ投げつけられても投げ返して見せるわ!! お主等が降りて来るまでなぁ!!」
最早抗争状態である。
そして飛び交う渋柿。……食べ物で遊んでいけませんと習わなかったのだろうか?
そして、そんな空を舞う渋柿を見て、守もまた肩を落としてしまった。
「渋柿……干せば甘くなって美味しいのに……」
『……それは食べて見たかったの』
一緒に肩を落とす座敷童。甘いと聞いた彼女が落ち込まない訳が無い。
「おらおら! さっさと降りて来るんだよぉ!! さっさと鋏に挟まれるんだよ!!」
「キッキッキーやなこったー!」
口論しながらも、柿の実を投げあう両陣営。
因みに、この柿の木は特殊な個体となっており、何故か甘柿と渋柿を半々で欲しいと守が願ったら、その通りの実を用意してくれていた。もはや霊木と言っても過言では無い存在である。
そして、そんな柿の実を……無造作にもぎ取っては貪り投げる猿。実に罰当たりである。
「へぃへぃへぃ!! 蟹はあれか? 臼やら杵やら蜂が居ないとなにもできないんでちゅかー?」
「そういうお前達こそ、降りる気兼ねも無いじゃないか。全くビビりな猿だな!」
口論も投擲もクライマックス! そんな感じになって来たのだが、其処にストップを掛ける存在が現れた。
そう、守宅のハウスキーパーたる……シルキーやブラウニー達だ。
シルキーが空から木の上に居る猿に奇襲を仕掛けシルクの布を使い簀巻きにし、蟹達にはブラウニー達がその鋏を掴み静止した。
更に、スライム達がぬるぬると蟹達の足元で蠢いている……これでは、まともに歩く事など出来ないだろう。
「ムグームグームグー!!」
猿が何かを訴えるが、口はしっかりとふせがれていて何を言っているのか解らない。
蟹もまた、じたばたと動くのだが……猿が簀巻きにされているのを見ると抵抗を止めた。
『とりあえずじゃな……こやつ等は、「自分達が整備した庭を汚しやがって」と言っておるぞ』
「そ、それは申し訳が……」
素直に謝罪をする蟹。それに比べて猿はと言えば……。
「ムグームグー!」
口をふせがれ何を言っているか解らない。そして、シルキーはその拘束を解くつもりは無いらしい。謝罪すらさせるつもりが無いようだ。
『そうじゃな。蟹は柿の実を守ろうとしたことから、情状酌量の余地があるのう。じゃが……猿、お主等は有罪じゃ』
きっぱりと断言する幼女神。彼女は素晴らしい笑顔でその怒りを猿に向けている。怖い。
『お主等は何の断りも無く、我の領域に入り込み、あろうことか我の楽しみにしておった柿を食い散らかした。しかもじゃ! 渋柿を武器として投げるなど言語両断! 一切許さんのじゃ!』
激怒している幼女神に、猿達は冷や汗を流し何とか謝罪しようとするのだが……。
「むむむぐぐぐむぐむぐ!!」
『何を言っているのか解らぬし、解りたくも無いのじゃ! お主等は……この地に立ち入ることを禁じるのじゃ!!』
ガーン! と言った表情をする猿達。
この地に入れないとなると、もはやこの至高と言える柿が二度と口に出来なくなるのは必然だ。
しかし、幼女神の怒りは収まる気配が無い。このままでは猿達にとって絶望の未来しかない。
「むぐむぐむぐぐぐぐぐぐ!!」
必死に訴えるが、シルキーがソレを許さない。
だが、幼女神とて神の一柱。一度のミスで全てを許さないなんて事はしない……ただし、許されるための条件は激しく高いのだが。
『じゃが我とて鬼では無い。そうじゃな、食べた柿と同じ質と量の何かを謝罪として持ってくるのじゃ。其れを行えば……許す事も考えよう』
「むぐぐぐっぐぐぐ!!」
『ありがとうか! うむ、我は優しいからな! 持ってくるまでは敷地内に居れることはせぬがの。シルキーよ、そいつらを外に出してやるのじゃ』
「ムグーーーーーーーーーーーーー!」
決して猿達はありがとうなどと言っていない。寧ろ、この鬼!!! と叫んでいるのだ。
それもその筈。この柿と同レベルの品など……この世界で手に入れられると思えないからだ。……全く無い訳では無いのだが、それは全て神か大妖怪が自らの領域としている場所にしかないのだから、手に入れる為に入るなど無理な話なのである。
だが、それを慈悲ややさしさによる条件と言い張る幼女神は……実に良い性格をしているのかもしれない。
そして、許された蟹はと言えば……。
「美味しい柿ですね!」
「干し柿も素晴らしい物になりそうです!」
柿の木が急遽用意した甘柿を幼女神たちと楽しんでいた。……柿の木がゆっくり育てた甘柿にと比べてその味は落ちるだろう。だが、それでも一級品であることは間違いない。
「……次は、ゆっくり育てた柿を皆で食べたいな」
守の一言に、全員が無言で頷くのだった。……柿をモグモグと口に含みながら。
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