第2話 土地神様もとい背後神様のいる日常
大原 守には背後霊ならぬ背後神が憑いている。
祖父母の故郷に足を運んだら、その土地の神と遭遇し駄々を捏ねられ強制的に憑かれてしまったのである。
これはそんな彼の日常になってしまった始まりの一コマである。
『のう守、学び舎には行かぬのか? そろそろ時間じゃろう?』
「……まだ早いよ、今何時だよ」
『何時とな? 朝の四時じゃな、村の人間であればもう動き出しておるぞ?』
「いや、此処に住んでる人たちは未だ起きてすら居ないから……」
『ふむ……狩りや農業とは違うのじゃのう』
何時の時代の話だろうか? まぁ現代の農家も朝は早いと言うが……幼女神の感覚だとそれすらも遅いのではないだろうか?
「とりあえず、朝起きる時間はこの時計が鳴ったら解るから」
『このカラクリの事じゃな……まっこと不思議な物じゃ、針が回らずに数字が変わるとは』
この幼女、見るもの全てが珍しいらしく守に話を振りまくっている。傍から見れば守は謎の独り言を放つ危険な人に見えるだろう。
そんな幼女神の質問攻めを喰らい……守は二度寝をする事無く目覚まし時計が鳴る時間になってしまうのであった。
「あらあら守さん、おはようございます」
「母さんおはよう」
守の母である大原 紬、雰囲気と口調ともにあらあらまぁまぁとふんわりとした母親である。
「おはよう守。神様もおはようございます」
「父さんおはよう」
父の大原 衛次、彼が大原家のルーツを組む人物であり、その血により当然神様が見えている。
『おはようなのじゃ』
当然声も聞こえており……なぜか当然の様に受け入れている。
守が村より帰宅した時さえもだ。その時の衛次の言った言葉が……
「あれ? お前土地神つれて帰ってきたのか? 確りとお仕えするんだぞ?」
と言った言葉であった。自分のそのルーツの一人なのに守に投げ飛ばしたのだ。
実際には、守が宝玉を取り込んでいる以上、他にこの幼女神をどうこう出来る者など居ないのだが。
閑話休題
「それにしてもだ、守。お前、神様と会話するのは良いが、外で喋ってないだろうな?」
「あー……今の所は大丈夫かな。でも咄嗟の時に喋っちゃいそうなぐらいには……話しかけられてるかも」
『ふむ……我の方でも気をつけよう、じゃが……気になる物は気になるのじゃ!』
とっても好奇心旺盛な幼女神である。ある意味見た目通りだ。
「私には神様の姿がみえませんから、アナタと守さんの心配も理解できますわ」
「母さん……そうだね、何とかして母さんも会話に混ざれたら良いんだけど」
『おーそうじゃったそうじゃった……しかし今の我の力ではちと無理じゃのう』
「おや? 神様、紬にも神様の声が聞こえる方法があるのですか?」
『昔の我であればの、そも最初に姿を見せ会話出来る方法がなければ、我等の存在など人の子には認識できまいて』
なにやらかの契約か、はたまた神様的チートか、方法はあるのだが今の幼女状態では無理と言う事のようだ。
『すまんのう、もう少し早くに我が人の子と合流できて折れば……いやいや、それは詮無きことじゃな。守と出会えた事は幸運だったのじゃ』
「まぁあのままだったら、村と共に消えていったんだろうな」
少し寂しげに、それでもこの幸運をかみ締める幼女神。よほど交流に餓えていたようだ。
『我が力を取り戻し次第なんとかしよう。母御殿楽しみにしておくのじゃ!』
聞こえない紬にそう宣言する。通訳は守の仕事だ。
「あらあら……それはそれは、其の日を楽しみにお待ちしております」
「我が家がこれで拗れるようなことが無いようだな。よかったよかった」
『うぬ、実に良き哉』
会話もそこそこに、父は出勤、母は家事を、守は学校へとそれぞれ向かっていく。
『のう守。学び舎ではどのような事を教えておるのじゃ?』
「あー……」
『声に出さずとも良い、脳内に会話を思い浮かべ我に話しかけるようにしてみるのじゃ』
「(こうかな? あーあーマイクテス、マイクテス、ワンツー)」
『ふむ、聞こえておるのじゃが、そのマイクテスとは何じゃ?』
マイクを知らない幼女神。学校の説明と共に色々と話をしていく。
『ふむ……聞くだけでは解らぬのう。まぁそなたと共に学び舎に行くのじゃから、我もその授業とやらを聞いてみようぞ』
村が健在だった時は閉鎖的環境だった上に時代が流れ、完全に浦島状態だ。田舎から都会に出てくるレベルなんてものじゃないだろう。色々な作品で、異世界の人間が日本に来た時の反応が描かれるシーンがあるが、あれに良く似ている。というか其のままだろう。
授業が始まり教師がその内容を説明していく。幼女神は……頭から煙をだしてるようだ。
『なんじゃなんじゃこれは! 今の人の子はこの様な事を習っておるのか!』
「(まぁそうだね、一般的な授業だと思うよ?)」
『我とて、我社に遊びに来た人の子達に算術や文字を教えておったのじゃぞ! しかしじゃ、この内容はその様なものなど児戯といえるではないか!』
「(技術と共に学問もどんどん進んでるからねぇ)」
『ふむ……学問が進んでおるからあのような、てれびじょんじゃったか? あーいった物が作られたんじゃのう……まっこと人の子は恐ろしくも面白い存在じゃな』
首を傾げつつも何かを納得したような元・土地神。
様々な神が描かれ想像と創造されているが、この幼女は人が好きすぎるらしい。実に人解りがいい神様だ。
『ご飯も美味しいし、娯楽に溢れておる。うむ実に面白い世になったもんじゃ。餓える子が減るのは実に微笑ましいのう』
きっと凶作であったり、狩りが上手くいかずに冬を越す事すら大変だった村民を見て来たのだろう。其の目は今の食べ物が溢れる状態を感動し涙し笑っていた。
「(でも、溢れすぎて捨てられる物もあると思うんだけど?)」
『その様なもの、後から肥料にすればよかろう?』
溢れようが、なんでも利用すればいいらしい。余すことなく使うことが大切なのだと、そういう事なのだろう。
『守! 守! この紙ぱっくのじゅーすとはどんな味がするのじゃ?』
「(それは、コーヒーだね。そっちにあるのが牛乳で、コーヒーの横はココア。後は果物系のジュースが並んでるかな)」
『牛乳だけはわかるんじゃぞ! うむ、絞り立ての牛乳を飲んで、腹を下した子がおって大変じゃったわ』
牛乳を飲む村だったようだ。
牛乳を飲む文化は明治に入ってからと言われているが、実際その歴史は古く、飛鳥や平安では皇室の薬だったり、江戸時代には近代酪農の始まりで牛乳販売もされていたらしい。
閑話休題
『ふむ……我はこーひーと言うのが飲んでみたいのう』
「(俺はココアが好き何だけどね)」
『ここあとな。なにやら色などは似ているきがするのじゃが?』
「(使っている素材が違うんだよ、豆を素材にしてるのは同じだけど使う豆が違うんだ)」
『豆とな、大豆かえ? それとも小豆かのう?』
「(いや、コーヒーは其のままコーヒー豆、ココアはカカオの実から取る豆だね)」
『もしや、海外の産物だったりするのかの?』
「(そうそう)」
『ふむ……まこと便利な世になったもんじゃのう』
海外と言う言葉すらも、守の家に着てから知ったのだ。
この驚く環境に慣れるまでは多少の時間がかかりそうだ。
『守よ……それはそうと、何やら怪しげな気配を感じるのじゃ』
「(え? 一体どんな?)」
『そうじゃのう……まるで、大きな蜘蛛の巣でも側にあるような感じじゃな』
はたして、その気配は一体何なのだろうか? 仮にも神の感覚だ。人間にとってはそれはとても危険な物ではないのか? と守は身構えるしかなかった。