第13話 桃と角
「どうか我等にお力添えを!」
目の前で土下座をする男。その身長は三メートルを超え、肌は赤く、頭には角が生えている。所謂鬼であった。
「何卒! 何卒! お願い致します!」
『ふむ、鬼族が一体どういった理由で我等の元に来たのじゃ?』
「それはですな、現在鬼達に問題が迫っておりまして」
話を聞くと、どうも自称桃太郎の末裔と言う青年が、鬼は絶対悪だ! と言い討伐するんだと襲ってきているらしい。
「我等も問題を大きくしたくない為に、反撃などせずに逃げておるのですが」
『青年はそれをいい事に、調子に乗っていると』
「今の所は死者など出ては居りませぬが、怪我人はでてまして」
鬼の中にも過激派が出てきそうな話も有るらしく、何とかしたいという。
「なるほどな、ところでどうやって俺達の事を知ったんだ?」
「それは他の妖怪との伝がありまして、其処からたどり着きました」
鬼達にも妖怪ネットワークを利用できる環境があるらしい。そして、その妖怪ネットワークには守達の事も話題になっており……割と沢山の妖怪達に彼等の事が知れ渡っている事になる。実に頭の痛い話だろう。
「しかし、鬼達も大変なんだな」
『時代の流れに沿って、人と距離を置いたというのに災難じゃのう』
「鬼ヶ島などの話があった時代とは違いますから、当然我等も人と距離を置いて静かに暮す事にしたのですが」
他の妖怪達と同じく、人里から離れ隠れ住む事にしたのはいいが、この青年はどうやってか鬼の住処を見つけ出し、襲撃するという行為を繰り返している。
『とりあえず話は解ったのじゃ、しばし待って貰うぞ? 我等で確りと話し合いをしたい』
「それはもちろんに御座います」
一度、鬼が居る客間から守の自室に移り話し合いをする。まぁ結論は決まっている様なものだが、認識のすり合わせは必要だろう。
『さて、皆は如何する心算じゃ?』
「きゅきゅ!」
「たまりは何とかしてあげたいのか」
『……うちもたまりに同意。……人とそれ以外を考えるとその人のやってる行為はダメ』
長い目で見れば青年の行為は人間にとって不利益しかない。現代の人にとって鬼や妖怪といったモノたちの姿を認識出来る者は少なすぎる。彼等が人に牙を剥けば……見えない状態からの一方的な攻撃になるだろう。
そして、人間側がなりふり構わず様々な兵器を使えば、それそれで人にも妖怪にも自然にも影響がでる。
『まぁ、この件はその青年が考えている以上に問題が大きいのじゃ』
「まぁ決を取る必要も無いな」
そういう訳で、満場一致で彼を説得する方向で話は決まった。
鬼の彼にもその話をし、彼等の住処に守達が動く事を説明してもらい、過剰反応しそうな鬼達を抑えてもらう。
後は青年を見つけ出し、お話をするだけだ。
「さて……方法はわからんが、鬼達の住処を簡単に見付けれるんだろう?」
『そうじゃな、鬼族の発する妖気を探索する道具でも持っておるのじゃろうな』
「……それを使えなくする方法は無いのか? 一時的かもしれんが動きは止まるだろう?」
『そうなると、こちらも探すのが大変になるじゃろうが、待ち伏せするのが一番じゃよ、鬼達もそれは理解して協力してくれるそうじゃしな』
「っと……あいつじゃないか?」
話をしていると正面から鉢巻と羽織をかけた青年がやってくる。
「何でこんな所に人間が? もしかして鬼に攫われたのか? 周囲に居るのは人間じゃないみたいだが」
「いや? 少々問題が起きてる様だからな、それの解決にきたのさ」
「問題だと? 誰か鬼に拉致でもされたか?」
鬼=悪という方式を前面に出しながら、勝手に推測して話を進めようとする青年。これは守では説得は厳しいだろうと幼女神が前にでる。
『ソナタ、桃太郎殿の末裔らしいな? 何故鬼退治など今の世に不必要な事をしておるのじゃ?』
「鬼退治が不必要だと? そんな訳がないだろう、鬼は悪だ悪は滅ぼさなければならない」
苛立ちを隠さずに鬼を絶対滅ぼすのだと息巻く青年。やれやれといった感じで話を進める幼女。
『しかしじゃな、お主は自分の仕出かしてる事を理解しておらんじゃろう?』
「そんなもの解っている、悪を認めていないだけだろう?」
『違うのう……お主は不用意に人とそうでないモノの争いの火種を蒔いておるのじゃぞ?』
「はっ! 何を言うかと思ったら、そんな訳が無いだろう」
お子様のように理解していない青年である。自分の正義が絶対だなどと確信しているなど、今の世であれば馬鹿者扱いと言っても良いだろう。
故に、幼女神は彼の行動により起こりえる事を懇切丁寧に説明していく。
『……という訳じゃ、お主は〝人間〟にも害が及ぶ事をしておるのじゃぞ』
「そ、そんなはずが無いだろう? 鬼を倒すんだ、それで人への被害など無くなって……」
『お主が全ての鬼を狩るのか? 妖怪は如何するのじゃ? 全ての人外と敵対するつもりかえ? そうなれば神すらも貴様の敵ぞ』
在り得ない現実などと言わせない、そんな勢いで話を進める幼女神。青年の顔は既に真っ白である。
『そもそもじゃ、何故初代の桃太郎殿が全ての鬼を滅ぼさなかったと思っておる? 何故、酒呑童子を倒した侍達が他を狩らなかった? それを考えたことはあるのかえ?』
もし彼等が全ての鬼を相手に戦って勝ちを手にしていたら、鬼という存在は居なくなっていたかも知れない。しかし、現状鬼は存在する。
「……そ、それは」
『彼等にとって倒すべき鬼と言うのは〝人に害を為した鬼〟だったはずじゃ、しかしお主がやっている事は、彼等が倒した鬼と変わらぬ行為であろう?』
正義の名の下にとは青年の主張ではあるが、それでも静かに暮しているモノ達を襲っているのは変わりが無い。
『それにじゃ、酒呑童子を討伐した者の中の金太郎殿の末裔は、鬼が静かに暮せるように色々と手を貸しているそうじゃぞ?』
「……そんな馬鹿な、相手は鬼だぞ?」
『静かに暮したいという気持ちに、人も鬼も妖怪も無いのじゃよ。時代は移り変わっておるのじゃ、もう少し様々なモノと話をしてみよ。お主は見えるし聞こえるし話せるのじゃろう?』
「……」
もはや気力すらも失い、何のために力を手に入れたかすらも解らなくなっている青年、しかし此処で捨て置く幼女神ではない。
『先ずは鬼達を偏見無しで見てみよ、それに今は人や妖怪に鬼までもが問題を抱えておる事があるのじゃ』
「……問題だと? 俺の行為以外にか?」
『あぁそうじゃ、悪霊や霊団は知っておるか? 此処何十年とそれが現れる事が無かったのじゃが、最近現れての、しかもそれになりえるモノ達も今だ存在しておる』
全てのモノにとって共通の問題はいまだ解決を見せていない所か、更に悪質になりつつある。少しでも戦力が欲しいのは当然だが、人でそれらと対峙出来る者が少なすぎる。
『鬼達も奴等の対策の為に力を貸しくれると約束しておる、じゃがお主が此処で暴れればそれが危うくなるからの。それゆえ我等がお主を説得しにきたのじゃよ』
「共通の敵……それもとんでもない力を持つモノ……」
ぶつぶつと独り言を話青年だが、少しずつその目には力が蘇って来る。幼女神の説得は成功したと言える。
「とりあえず鬼とは武器を置いて話してみる。だが少しでも危険なら切るぞ?」
……説得は成功したのだろうか? まぁ少しは目線が変わったと言う事だろうか。
『まぁ今はそれでよい。その上で悪霊や霊団については、鬼達や妖怪様々なモノ達から話を聞くと良いのじゃ、情報が一つではまた偏ったものになるじゃろう?』
「あぁ解った、それで言うなら金太郎殿の末裔とやらとも、話をしたほうが良さそうだな」
自分でその結論にたどり着いたようだ、他の鬼と係わった事がある人たちとの会話は彼の糧となるだろう。
「そうだ、名乗ってなかったな、俺は川端 刀だ。悪霊の件で又合う事が有るかも知れないからな、覚えておいてくれ」
そういって、颯爽と去っていく刀。守達の心はこの時一つになっていた。名前に桃はつかないのか!! っと。そして守は更に思った、俺何もしてないと。
鬼の事件から数日後、守達の家に来客が来た。
『おぅ、此処が守とやらの家で良いのかい?』
「はい、そうですが……どちら様で?」
守の問いに楽しそうに答える男。彼もまたとんでもなく身長が高く人でない事だけは解る。
『おっと済まないな、俺は鬼達の頭領と言った所だ。先日の礼と言う奴だ、それにしてもお前、俺を見て立っていられるとは中々の胆力だな?』
それはもう愉快だと言わんばかりに会話をする鬼の頭領。其処に幼女神が何事か! と二階にある守の部屋から飛び降りてきた。
『なんじゃ! っと、お主は……酒呑童子かえ?』
『おっと、俺を知って居るモノが居たか。まぁどこぞの神が居るとはいってたが、アンタの事だな』
討伐されたはずの酒呑童子がやって来るなど、とんでもないアクシデントだろう。
「……ってちょっとまった、酒呑童子って侍達に討伐されたんじゃなかったのか?」
『ん? あぁあいつ等の事か! いやぁあいつ等は強かった強かった! 実に楽しかったぞ?』
退治されたはずなのに、それすらも楽しそうに会話をする酒呑童子。
『とと、俺が今此処に居る理由だな? そもそも人の身で最上位の鬼を殺せるわけが無いだろう? 力を削られ、眠らされた上で封印されただけだ』
封印はされたが、復活できてしまったようだ。流石最上級の鬼といった所だろう。
『だがなぁ、復活したとは言え人との関わりが変わってるだろう? 楽しい喧嘩もできやしねぇ、俺があの青年の前に出れば大問題だ、だから今回は本当に助かった』
そういいながら、鬼が作る酒を守達に渡す酒呑童子。鬼が酒好きと言うのは伝承通りのようだ。
「俺未成年なんだけど?」
『おぉぅそうだったか、元服の年が変わってたんだったな。すまんすまん』
そういいながらも楽しそうに話をする酒呑童子。彼は其のまま、悪霊関連について手を貸す事を確約し、この後金太郎の末裔に合って、金太郎飴と酒を交換してくると言いながら去っていった。
「なんとも愉快な鬼だったな、すっごい美形だったし」
『元々酒呑童子は絶世の美男子だったと言う話もあるからのう、誰の思いも受け入れず大量の女性の怨念で鬼にされてしまった、という話もあるぐらいじゃ』
何はともあれ鬼の問題が解決し、その鬼の頭領が悪霊問題の対策に力を貸す事を確約した上、更に桃太郎の末裔らしい刀という青年もまた、悪霊に対してその力を振るう事となり、少しずつではあるが先が見えて来たと言えるかも知れない。
『とはいえじゃ、守の強化も急がねばなるまいな!』
「……結局其処に行き着くわけだ」
神のスパルタからは逃れれない! という事だろう。




