怪人たちの集会的なの(習作)
黒いスーツに、白い手袋、そして揃いのマスク。
それが戦闘員の伝統ある衣装である。
統一されたコスチュームに身を包んだ戦闘員に外見的には個体差はほとんど無く、その外見の無個性さは日常においてこの上ない非日常として捉えられる。
が、そんな彼らは戦闘が行われない限りごく普通の日常に紛れ込んで暮らしている。
ある個体はとある企業の平社員として、ある個体は河原で寝ているホームレスとして、またある個体は学生として、そしてある個体はどこにでもいるような主婦として。
このようにして活動している彼らは衣装をつけていない以上、人間と区別することはほぼ不可能であり、世の中から悪の組織の存在を隠匿し、当たり前の日常を演出しながら日々を過ごしている。
が、彼らはそこに間違いなく存在していた。
―――
その日、とある地方都市にある一般企業では滅多に休むことのないある社員が有給を取っていた。
また同じ日、夫婦円満なある夫婦の妻は友人との旅行の為、家を留守にしていた。
同様にその日ある女学生はテストを休み、家からも姿を消していた。
この様な出来事が、その日とある地方都市を中心に半径数キロに渡って起こったが、そこに誰も因果関係を見出すことはなかったし、それぞれの出来事が同時に起こっていることに気がついた人物も存在しなかった。
当たり前だ。彼らには何一つ接点が無いのだから。
しかし、奇妙な事に彼女達はある地点に集まっていた。
ある人物はバイクを使って、またある人物は山をこえて、またある人物は様々な電車を乗り継いで。
記録に残るのも、残らないものも、記憶に残るものも残らないものも、それこそ手段を選ぶ事なくその場所に彼らは集結していた。
その様子を言葉で表すのならば混沌というのが相応しいだろう。
ある人物は学校の制服なのだろう、シワ一つない制服を身にまとっており、またある人物はスポーツでもしているのかジャージを羽織っている。
視線をもう少し広げれば袈裟を着た人影があり、汚らしい姿をした老人もいた。老若男女、美醜を問わずその空間には様々な人種が存在し、その全員が何一つ変わりのない黒いマスクと白い手袋をして、彼らが見上げる無人の玉座に敬礼をしていた。
左手を脇に添え、右手を一定の角度で掲げながら掌を下に向け、直立不動の体制を取る。
ローマ式敬礼とも、ナチス式敬礼とも呼ばれる様式の敬礼をした彼らはそこに何かがいるかのように玉座を凝視し続けある瞬間に一斉に奇声を発し、足を打ち鳴らした。
一糸の乱れもない一連の動作は万雷の如くその空間に響き、いつの間にか玉座の横に現れていた異形の存在が一歩前に出ると彼らは話を聞くための大勢へと一斉に変化した。
「総督閣下に――、敬礼!!」
そして再び足が打ち鳴らされ、これまた一糸の乱れもなく揃えられた敬礼が行われた。そこにいる存在が満足した事を体で感じ取った異形の男は緊張しながらも総督の言葉を伝える為、声を発していく。
「これより今季の成果を発表する!!」
今季はヒーローの数をどの程度減らせたのか、自分達の損害はどの程度だったのか、自分たちの数はどのくらい増えたのか。
そういった事を男が話している間も彼らはまったく動くことがなく、身じろぎをする個体すら一人もいない。自らよりも上位の存在の言葉を一言も聞き漏らさまいと、彼ら全員が男の言葉に耳を傾けているのだ。
そして男が今季の優秀者として特定の個体番号を読み上げた瞬間、その個体は立っていた場所から消え、玉座の前に立っていた。
それを察したその個体は、すぐそばに立っている男に目をやり、男が頷いたことを見て取ると玉座の前に跪いた。
男がその個体の成した業績やそれによって得られた成果、そしてそれに対する報酬が総督から与えられる事を説明すると同時に、その個体は突如として燃え上がった。
漆黒。
そう形容する事すら生温く感じられるドス黒い炎がその戦闘員、87237番を包み込み、彼を構成しているあらゆる要素を数秒でチリへと変えていく。
そして、残ったチリは風に吹かれたかと思うと人のカタチを取り始め、87237番が新たな生命体――怪人として生まれ変わった事を周りの人間に知らしめた。
男がこれからの仕事に期待していることを告げると、生まれ変わった戦闘員は男の立っている場所のもう一段下で敬礼を行い始めた。
その後も男が個体番号を告げる度、新たな怪人が戦闘員から生まれ、また戦闘員は様々な形での報酬を得た。
そして定例会の終了を男が告げると同時に、足が踏み鳴らされ、始まりと同じように一斉に奇声が発せられる。
そして男がいつの間にか玉座の横から消えたことを確認すると彼らは来たときと同じようにごく普通の人間の姿となって様々な方法で自分たちの日常へと帰っていく。
ある男は組織の利益となる商談をまとめ、ある少女は将来有望な同級生達を組織の一員とするため暗躍し、あるホームレスはヒーローを陥れる為に雌伏の時を過ごす。
そうすることが彼らの存在意義であり、彼らの成すべきことなのだった。