ヒェンのダメ譚 3
只今、恥もプライドもかき捨て母親に抱き着き中。
俺のお尻が爆発した後、すぐに帰ってきた母親はジジイから俺を保護してくれた。
そして始まるジジイとの口喧嘩。
俺を腕に抱えたままジジイを責め立てる母親。
戦いは母親の圧倒的優勢なのだが、それよりもおしりの感触が気持ち悪いので先に何とかしてほしいが気づいてくれない。
途中知らない婆さんとおばさんが入ってきて婆さんが口喧嘩に参戦。
俺はしばらく放置されジジイが大人しくなったところで母親が俺のおしりのにおいを嗅ぎ、土砂崩れが起きていることに気づいてくれた。
あとは寝室に連れていかれ・・・・・察してください。
母親に抱かれながら居間に戻ると椅子が用意されていて皆座っていた。
ただ婆さんと一緒に来たおばさんの姿はなくなっていた。
対面するように椅子が二脚ずつ置かれており向こう側にはジジイと婆さんがおり、こちらは両親がすわっていてその膝の上にレシェと俺が座っている。
レシェは父親の膝に座っており、俺がジジイに抱きしめられて爆発してしまったショックから放心している間泣き続けていたが今は落ち着いている。
自分の頭上ではまた言い合いが起こっており母親がジジイを圧倒している様に見える。
よほど母親に対しては弱いのかジジイはあまり言い返せないでいる。
この関係から察するにこのジジイは母親の父親といったところだろうか。
そうでなければ母親よりも隣に座っている父親が何か言っているはずだ。
このジジイから身を守るには父親よりも母親に守ってもらう方がいいみたいだ。
ならば何がなんでも母親に抱き着いておかねば。
もうジジイの丸太と岩に挟まれるのはごめんだ。
とりあえず大人しく抱っこされていようと思った矢先、母親が立ち上がり俺を差し出そうとする。
急ぎ差し出す先を確認すると婆さんの方に差し出していた。
ジジイの方ではないことに心の底から安堵し、婆さんの膝上で抱きかかられる。
手を触られたので握って婆さんの反応を見てみたが、特にこちらを見てくるだけで何もなかった。
手の次は足を触られた。
足の裏を触られたので少しくすぐったく感じて足をうごかした。
それで気が済んだのか母親に返された。
結局何だったのか分からなかったが、ジジイの方には行きたくないので再び母親に抱き着き守ってもらうことにした。
しばらくの間、両親たちとの会話が続き言葉が分からない俺はとりあえずジジイ達を観察してみることにした。
前に座っているジジイは白髪で薄い緑の瞳をしていてとにかくでかい。
父親も大きい方だと思うのだがジジイの方が圧倒的にでかいのだ。
瞳の色が母親と同じことから親子なのだろうと確信しながら、その隣に座っている婆さんに目を向ける。
婆さんも白髪なのだが一筋だけ色が残っており色は緑色である。
緑の髪は編んで横に垂らしていて、あとの白髪の髪は後ろで結われている。
瞳は濃い緑で眉間にはしわが寄っていてキツイ印象を受ける婆さんだ。
ジジイと婆さんは丈の長い服を着ていて、どこかで見たなと思ったらモンゴルの遊牧民が着ている服に似ていること気が付いた。
ただ布ではなく毛皮で出来ており、婆さんの服に至っては鱗みたいな模様があり爬虫類系の皮にみえる。
ドラゴンの革製ですかと尋ねてみたくなるがドラゴンがこの世界にいたら嫌なので、蛇か何かの皮だということにしておこう。
まあ、言葉が分からないので尋ねることもできないのだが。
そのまま婆さんを見ていると目が合ってしまった。
こちらをジッと見続けてくる婆さん。
眉間のしわがすごく、目も細めているのでなんか怖い。
とりあえず目をそらし母親に抱き付き逃げる。
すると婆さんは立ち上がりこちらに来た。
すぐ近くまで顔を寄せ凝視してくる婆さん。
正直ものすごく怖い。
「ヒェン。ヒェン。」
さらに声までかけてきた。
これは逃げられないと思い婆さんの方を向くと、婆さんは自身を指さしていた。
「アンシ。アンシ。」
何か連呼しているが訳が・・・・・ハッ!
婆さんは自分の名前を教えようとしているのか!
きっとそうだ。
このまま指をさして婆さんの名前を言う。
そしてジジイを指さして名前を教えてもらい覚える。
それを繰り返し、今日中に物の名前も教えてもらう。
なによりオマル!
もしくはトイレを教えてもらえばさっきのような悲惨なことにはならないはず。
このチャンスを逃す手はない!!
「アァシ。アァシ。」
まだ舌足らずでちゃんと発音できないが真似をすることには成功。
もちろん婆さんを指さしながらだ。
すると婆さんは神妙な顔つきになり小さく頷いた後、俺の頭を撫でた。
その手は大きく、意外と固かった。
「ヒェン。」
また婆さんは俺の名を呼ぶとジジイの方を指さした。
「オロス。オロス。」
どうやらジジイの名前を教えてくれるようだ。
ということはこのまま皆の名前を教えてくれるのか?
ふむ、ならさっさと覚えてオマルの言葉を教えてもらうとしよう。
「オォス。オォス。」
ジジイを指さしながら答えると婆さんは、また神妙な顔になり小さく頷いた。
婆さんは次に父親を指さし、その次はレシェを指さしていった。
父親の名はクルタスでレシェは予想通りレシェであっていた。
そして最後に母親を指さした。
このままいけばゴールは目の前。
余裕で名前を覚え、オマルの言葉もゲット!
もうお漏らしなんかしないんだからね!
心に余裕を持たせ母親の名前を待つ。
「サクラ。」
へ!?
その言葉を聞いた瞬間、抱きかかえている母親の顔を凝視して固まってしまった。
明らかに日本語に近いイントネーション。
少し変な抑揚だったが前世で聞きなれた花の名前。
どういうことだ。
ここは異世界ではないのか。
だがこんな髪色の人種なんて染めてない限り見たこともない。
「ヒェン?」
急に固まってしまった俺を心配した母親は頭を撫でながら名前を呼んでくる。
しかしそれにかまう余裕はなくなってしまっている。
母親の反応からみてサクラという名前なのだろう。
では母親は転生者?
いや、母親を名付けた人物が転生者か!
ならジジイは・・・・・ないな。
ということは婆さんか!
急いで婆さんの方を振り返る。
婆さんは先ほどよりも眉間にしわを寄せこちらを見ている。
その表情は神妙を通り過ぎて恐い顔になっていた。
まさか転生者とかそういうのは一般的に知られていて、それがばれたのか!
マズイマズイマズイマズイ!!
速攻で転生者ばれとかマズ過ぎる!
こういうのはある程度育ったあと主人公がいろいろやった結果ばれるっていうテンプレがあるだろ。
それが即バレとかダメでしょ。
ていうかどうなるの。
まさか捨てられて孤児になる展開!
いや、最悪の処刑展開ですか!
魔女裁判で火炙りですか!
いや、俺は男だからなんになるんだ!?
異端者的な何かか?
いや、そうじゃない!
この状況を何とかしなければ!!
でもどうやって!!??
あああああ、何もうかばねえええええ!!
何も思い浮かばないまま泣きそうになっていると、婆さんが指さしていた手をこちらに向けてきた。
ジ・エンドですか!!??
転生して即死亡ってひどくないですか!!??
やめて痛いのはいやああああああああ!
目を閉じて必死に母親に抱き着く。
するとポンと頭に感触があった。
それは固く大きい婆さんの手で優しく俺の頭を撫でてくれていた。
どうやら転生ばれはしておらず、俺の勘違いだったようだ。
「ヒェン。」
ホッとしたのも束の間、婆さんが再び母親を指さしている。
どうやら名前を言うように催促しているようだ。
「チャクラ。チャクラ。」
うまく言えず、何かかが開きそうな言葉になってしまったが、目の前の婆さんが満足そうに頷いているところから問題なさそうだ。
婆さんは俺の頭を撫でた後、自分の椅子に座り両親と話し始めた。
途中ジジイが何か言って婆さんと母親から怒られている感じだったが、すぐに会話が終わった。
婆さんは母親に何か言い終わると立ち上がり寝室へ入っていった。
母親も寝室に向かうようで立ち上がり俺を父親に預けようとしたが、そこでジジイが俺の方に手を伸ばしてきた。
もちろんジジイは全力で拒否だ!
「クゥタシュ。クゥタシュ。」
ジジイの手を全力で嫌がり、父親に助けを求めるように名前を呼ぶ。
それが通じたのかレシェを膝から降ろし、俺を抱きかかえてくれた。
そのかわりレシェがジジイのもとに行き抱っこされている。
レシェも抱っこはイヤだったのかジジイに何か言っている。
すぐにレシェを膝に乗せたジジイは母親や婆さんに何か言われるよりも落ち込んでいた。
きっとレシェの言葉が急所に刺さったのだろう。
それを見とどけて母親は寝室の中へ入っていった。
さて、ジジイが大人しくなったので父親から言葉を教えてもらうことにしよう。
「クゥタシュ。クゥタシュ。」
父親の名を呼びこちらに気づいてもらう。
父親がこちらを見てきたので隣の椅子を指さす。
「イス。イス。」
すぐに気づいてくれ言葉を教えてくれた。
言葉を頭の中で反芻し覚えていく。
一気に覚えるのは無理そうなので十個ほどの単語を覚えればいいか。
目標を決め確実に覚えていく。
机や扉を指さし八個目くらいで大事なことに気が付く。
この居間にはオマルもトイレもない。
どうやって教えてもらえばいい?
とりあえず全て出してしまったから猶予はある。
しかし今日中に小さな災害は確実に起こってしまうだろう。
それまでに何とかしなければならないな。
今すぐ動こうにも寝室は婆さん達が入っておりお留守番させられていることから思うに入れてはくれないだろう。
トイレを探しに外も出ていけないだろうな。
色々考えていると眠たくなってきた。
ジジイが来たりして忘れていたが、ミルクを飲んだ後、眠たくなっていたんだった。
ものすごい睡魔が襲ってくる。
このまま寝てしまえばベッドに連れていかれるはず。
起きてから下にあるオマルを指さし教えてもらえばいいか。
俺はそう考えたあと任せるままに眠りに落ちたのだった。
起きた後、そのことをすっかり忘れてしまった俺は小規模災害を起こし、すぐにオマルの言葉を教えてもらうことにした。
もう二度とお漏らしをしてなるものか!