第五話 誘拐犯
ガチャリ、と真鍮製のドアノブを回すと、中は資材で溢れ返っていた。
得体の知れない真っ黒な液体、蒸留装置、床や壁に突き刺さっている水晶、その辺で毟った薬草等。
「あー忘れてた。後回しにした僕が悪いんだけどね……」
くしゅん、とアンヴィは腕の中で小さくくしゃみをした。
どうやらその反動で起きてくれたようだ。
「うーん……ムズムズする……」
「ごめんね。今片づけるから」
アンヴィをベッドに下ろすと、手当たり次第に片付け始める。
ちなみに、この突き刺さった水晶はイライラしているときにバンッ、と机を叩いたら出来た産物である。もちろん邪魔なので魔法で消していく。
適当に薬草は詰めて……この液体は、封をしておけば大丈夫だろう。
……何とか10畳ほどの部屋を表面上は綺麗にした。
窓を開け、風通しを良くして埃を外に追い出す。
「ここ、ディマのおへや?」
アンヴィは堂々と布団の中に入り、ぬくぬくとしている。
「あぁそうだよ。ちょっと汚いけどね」
「でも広くていいなー。私のおへやはもっとちっちゃいの」
「そうか。僕の部屋は広すぎてね……元々二人部屋だったし。荷物置場になっているのは、僕の片付け方が悪いということは分かっているんだが」
そっと艶のある濡羽色の髪を撫でる。
……ちゃんとぬくもりがある。ここ何年かは、別れの挨拶として死体の髪ばかり撫でていたからな。なんだか、生きている者の髪を触るのは不思議な感じである。
「アンヴィ、ちょっとだけ待っててね。傷の手当てをしてくれる人を呼んでくるから」
うん、と縦に首を振り、そのまま布団の中に潜り込んだ。
……月光よ、どうか見守っていておくれ。
*
さて、その医者を呼びたいところだが……絶対寝てるだろうなぁ。
起こしたら間違いなく怒られそうだ。でも、あの可愛い顔を見たら許してくれる……よな? 多分。
暗がりの中、真向いの部屋のドアノブを回す。
だが、やはり鍵がかかっていて開けられなかった。
はぁ……仕方ないな……。
鍵穴に単結晶のケイ素を流し込み、適当にいじくりまわす。
わずか30秒ほどで解錠し、何事もなかったかのように部屋に忍び込んだ。
僕の部屋とは違い本当に必要最低限の物しか置かれていない。つまらないスカスカの部屋である。
……はーい、ベッドでぐっすり寝ていまーす。なんか部屋全体がサンダルウッドの匂いに包まれているけど。
ブランケットをかけずに寝ているが、風邪引いても知らないぞー。もう20代じゃないんだから、自分に過信したら終わりだぞー。
うむ、やっぱり髪解いていると女の子みたいだな。アンヴィとは違った意味でまた可愛い。
耳元でふぅーっと息を吹きかける。いつもならこれで起きるはず。
「――っ! 誰だっ!!」
飛び上がると瞬時に戦闘態勢に入り、僕の首元に短剣を向けた。
「はいはい落ち着いて。ディマですよ」
「俺の安眠を101回も阻害しやがって……なんだ、どうせまた自殺に失敗して血が足りないとか、死にきれなかったから殺してくれとか言いに来たんだろう?」
「こ、今回は違うんだ。ちょっと、別件で」
「別件? まぁ、確かにお前服血だらけだもんな。死体の処理なら他をあたってくれ」
「そういうことでもなくて……」
この寝起きで不機嫌な彼はメルクリオという。医者かつ変人の魔術師である。
髪が結べるくらい長い銀髪で、30歳と思えないくらい若く見える。本人曰く「16歳から変わっていない」らしい。透き通った碧色の瞳を持つ。
寝起きでは大体話が通じない。頑張って目覚めてもらわないと。
「とりあえず、僕の部屋に来てって」
「知るか。俺は寝る」
「その子、重傷を負っているんだよ。メルクリオにしか治せないんだ」
「……その言いぶりだと、一体誰がいるんだ? 俺らのやつではなさそうだが、まさか誘拐したのか!?」