第三十六話 処刑方法
――今、なんて言った?
「火を飲ませたい」だって? いやいや、無理だろう。
第一、気体である火を飲ませるってそんなことできるのか?
「は……? さ、さすがに陛下、それは……」
「なんだ、できないのか?」
レオーネが裁判官の首元にナイフを突きつける。これではほぼ脅迫である。
「いえいえ! 陛下の仰せのままに。可能でございます」
「それは、世界初であるか?」
「えぇ! 偉大なる我が国の王が初めて執り行う処刑方法でございます」
「……なるほど」
オスクリタが目で指示すると、レオーネはナイフを鞘に戻した。
その瞬間、裁判官は怯えたように部屋に戻り、バタンと強く扉を閉めた。
「全く、もう少し礼儀がなってないと……」
「殺しましょうか? 陛下」
「今は時間が惜しい。ディマを殺してから考えよう」
オスクリタがこちらをちらっと見ると、不敵な笑みを見せてこう言った。
「火は飲めないだろう……と思っていそうだな。我が秘儀を以ってすれば出来ぬことなどない」
パッと右の手のひらに青い焔を灯す。
その焔は蛇のようにうねりだし、僕の髪をかすめて散った。
通常ではありえない挙動だ。一体どうやって――
「まぁ、これを口に流し込んで殺すことも考えた。だが、この使い方は既にやってしまっている。さてどうしようか。盃に注ぐか? どうだろうレオーネ?」
「盃に注いでも、少量で吐いてしまうのでは」
「それは強引に飲ませればいいだろう。そちらの方が幾分かエロティックだ」
厭らしく舌なめずりをし、悪魔の笑みを見せた。
この国王は官能さでしか物事を図れないのか?
落ちぶれ国家万歳! 血族諸共滅んだ方がいい。
……と思ったところで、何も変わらないしな。アルジェントは滅ぶし、オーロは安泰だ。
「良いですね。災厄をもたらす男にうってつけで」
「災いの火を飲ます……あぁ、美しいものだな」
すぅっと僕の顔に手を伸ばし、頬を撫でてきた。
嫌な気配を感じ反射的に身を引くと、オスクリタはいたずらに笑って見せた。
「その滑らかな肌を直に汚したくないのだよ。良い工夫だと思わないかい?」
「何が良い工夫だ。苦痛は倍増しているぞ」
「さぁどうだろう? 痛みすらも超越しているのでは?」
「はぁ……さっさと殺したらどうだ。こうやって僕を生かしてるから罪のなきオーロの魔術師を何百人と失ってしまっていることくらい理解しているだろう」
「君に殺される程度の魔術師何ぞ大したことはない。必要経費だ」
ずっとニヤニヤ笑ってやがる……恐ろしいものだ。
しかし、何言っても自分のいいようにされる。ほんと、言葉が上手い奴が国王なんてなっちゃダメだね。
「何、全ては予定調和さ……」
オスクリタは左側の壁に向かって手をかざした。
起動音と共に青白く光る複雑な魔法陣が現れ、囁くような声でこう口にした。
「我が名を知れ……」
すると、壁が徐々に裂けていき、広々とした書斎が現れた。
重厚なソファーには、見覚えのある少女が一人眠っている。
「……アンヴィ!?」
「母親の元に返せば彼女は殺されてしまうからな。匿っておいた。彼女に魔術をかけるなんて、メルクリオには人道という概念がないのかね」
「僕の知ったことではないよ」
「魔術をかけてでも奪いたくなるような女ということか。業が深い」
オスクリタが彼女を抱きかかえると、そっとまぶたにキスをした。
……ん、どこかでこの光景を見たような。いや、されたのか?
なぜだか気になってしまう。別に、羨ましいわけではないが。
「うぅ……統率者様? あっ、ディマも」
寝惚け眼のアンヴィは、大きなあくびをしながら目をこすっていた。
「国王、だよアンヴィ。蔑まないでくれ」
「さげすむって……?」
「アルナシオンみたいな奴のことを指す時に使うんだ。私に使うべきじゃないよ。相手を下に見る時に使うんだ」
「……? そうなのディマ?」
「英才教育とはこのことを指すのか」と思っていた矢先に話を振られ困惑する。
……決して間違ってはいない。オスクリタに限って言えば。
オスクリタにはいろんな呼び方がある。
例えば、オスクリタ派のやつは「陛下/国王」と呼ぶのが一般的である。
アルナシオン派は「統率者」。国王とは認めずあくまでも血族を統括するリーダーとしか思っていないからだ。どこかで話したような気がするが。オーロ以外では「統率者」が最上位の敬語である。
オーロの血族と関係ない場合は普通に「オスクリタ」と呼んだり、敬意を込めて「国王」と言う時もある。
僕みたいにオスクリタへ恨みがあると散々に言ったりするが、こんなこと言う奴は稀だから省略する。
国王になる前は「魔術の技巧師」なんて呼ばれていたとか。
「……合ってはいるんじゃないかな」
「アルナシオンってオスクリタよりよわい?」
「あぁ、弱いね。何なら僕より弱いよ」
「ふーん。じゃあさげすんでいいんだね!」
いいのかこれで……と考えていたが、オスクリタはご満悦のようであった。
「君が虐められるのもアルナシオンの教育のせいだ。全く、残虐な魔術師よ」
「……そうなんだ」
……世界一似合わないセリフだと思うんだが!?
どこの誰が見ても貴方の方が残虐です。ありがとうございました。
不服そうな顔をしていると、楽しそうにアンヴィが話を振ってきた。
「あっ、ディマ! 今日ね、レオーネがえほんをよんでくれたんだよ!」
「……あのレオーネが?」
レオーネの方を向くと、恥ずかしそうに眼をそらした。
「あのね、『湖の伝説』のおはなしをしてくれたんだ! とっても面白かったよ!」




