第三十二話 蜜は時に毒と化し
魔法を避けながら女の持っていた針を拾い上げ、先ほどいた陣地に戻った。
敵は全く僕に近寄ってこない。遠距離からちまちまと光系の技を撃ってくるだけである。
――それなら楽なものだ。
水晶で障壁を造り身を守りながら針の形状を確認してみた。
長さは10cmほど。先端部分は少しくすんでいるように見える。
材質は……銀か? くすんでいるのはおそらく毒を塗ってあるからだろう。
生け捕りと言ったくせに殺す気かよ……。
「ディマー、聞こえる? なんかこいつら追いかけてくるだけで全然攻撃してこないんだけど。離れさせたいだけ?」
「狙いはジャーダじゃなくて僕だからな。下手に違うやつを殺してもメリットは向こうにない」
「確かに! ……うわっと、あっぶねー死ぬとこ――」
突如、ジャーダの精神感応が寸断される。
何かやらかしたか? ……アイツ、よく木から落ちるからな。
「――っ!? ディマ、避けろッ!」
メルクリオが叫んだ瞬間、けたたましい轟音と視界を奪うほどの光が直撃する。
障壁は粉々に打ち壊され、回避する隙すら与えてくれなかった。
これだけ強力な魔法を使える奴がいるのか……? そんなこと、把握してないぞ。あのオスクリタでさえこんな魔法は使えない。
あぁ、前が……見えない。聴力も狂っている。
一体、何があったんだ?
……目の前に人影らしきものが見える。
メルクリオ? レオーネか? ……分からないな。
喋っているのは分かるが、言葉を認識できない。
適当に魔法を放ってみても相手は退かなかった。クソっ、逃げるしか……。
なんとかよろめきながら立ち上がったものの、足がもつれ倒れこんでしまった。
すぐに身体は押さえこまれ、藻掻こうとしたが全く身動きが取れない。
「……のは……許してくれよ」
部分的に言葉を拾えるようになったが、肝心な部分が聞き取れなかった。
――首筋にチクりとした感覚が走る。
その部分から次第に感覚が失われていく。こいつはとんでもない神経毒……。
さっき飲んだアンプルの副作用も相まって、変な心地よさがあった。
闇に堕ちつつクルクルと視界が回転する中、最後に見えたのは――
――碧色に煌めく幾千の星々であった。
*
「……?」
一体どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
ほんの数秒前に目を覚まし、最初に身体のダルさと飢渇感がどっと襲ってきた。
周りに食べ物はおろか水すらない。僕の身包みは全て剥され何も着ていない状態であった。
季節は冬だ。こんな状態でいたら間もなく死ぬだろう。
「こうなったら……」
何とか意識を集中させ、手に火を灯そうとした。
……しかし、何も起こらない。何か結界が張られているのか……。
ふと、牢屋の外に壁にかけてある蝋燭が目に入った。
力を振り絞りやっとの思いで取ると、それにすがるようにして身を温める。
量はそこまで減っていないので1日は持つだろう。
……そうだ、蝋燭なら食べられるはずだ。
受け皿に溶けだした蝋が固まっている。
基本的に蜜蝋を使っているからな。美味しくはないが、死ぬよりマシだ。
濁ったミモザのような色をした蝋を手に取り、人齧りしてみる。
「――っ!? う”ぇぇっ!?ゲホッゲホッ……」
本能的に悪寒がし、咽るように吐き出した。
何か……油が腐ったような味がする。決して蜜蝋の味ではない。
「あー、ようやく起きたかディマ。5日もぶっ倒れられるとはね」
必死に吐き出している最悪のタイミングにあの男がワープしてやってきた。
「まさか、蝋を食いだすとは思わなかったよ。普段のひもじい生活が窺えるね。少しは自分の立場を理解できたかい?」
彼はしゃがみ込み、賤民を見るような態度でこちらに話しかけてきた。
……アルナシオンだ。側近のくせに暇な奴だな。
「寒いだろう? お腹が空いただろう? だから、そんな君にチャンスをあげようと思ってね」
「……なんだ」
「何、簡単さ。今から尋問室へ連れていく。そこで正直に話してくれたら……ご馳走を」
「お前の言うことなんて……誰が信じるか。殺すだけだろう」
「はぁ……死にたがりなディマ君には丁度いいと思ったのだけど」
牢の扉を開けると、無理矢理僕を引きずり出した。
……残念ながら抵抗する力など残っていない。
彼は髪を乱暴に掴み、僕に向かってこう吐き捨てた。
「――この底辺が。オスクリタに気に入られてるからってしゃしゃりやがって、目障りなんだよッ!!」




