第二十四話 禁忌
「ねぇ、イペリットはどーしておなかが大きいの?」
「それはね、この中に赤ちゃんがいるからよ」
お腹をさすりながら微笑んで見せた。
「アンヴィちゃんもママのお腹から産まれたのよ」
「うん、知ってる! ディマは?」
「ディマも同じね」
「でも、ママのこと知らないっていってた。ディマのママはだぁれ?」
――その発言に二人は凍りつく。
一瞬だけ、僕の心臓は止まったと思う。まさか、アンヴィがそんなことを聞くとは夢にも思わなかった。心臓が痛い……。
「あぁ……そうね。ディマのママはアンヴィちゃんと同じオーロの人なんだよ」
「おなまえは? 会ってみたい!」
「あ、会うのはちょっと……できないかな。ははは……」
「何を教えたんだ」と言わんばかりの形相で僕を睨み付ける。
何も悪いことは教えてないんだ。聞かれた質問に答えていっただけで……と言っても信じてはくれなさそうだが。
「アンヴィ、そういうことは聞かないほうがいい。……僕は聞きたいけどな」
「……ディマ」
強い口調で名前を言われる。それは、完全に怒りがにじみ出ているようだった。
名前くらい教えてくれてもいいよな。なんでそこまでして隠し通すのか分からない。
「禁忌」と言われたらそれまでだ。誰一人教えちゃくれない。
「……アンヴィ、一旦出ようか。ね、出ようね?」
嫌がるアンヴィを無理矢理抱きかかえ、そのまま逃げるようにして廊下へ出た。
*
「もっとイペリットとはなしたいー!」
「ダメだ。彼女の機嫌が悪いときは触れちゃいけない。それより、面白いところがあるからそっちにいこうか」
ぶーぶーと文句を言っているが、なんとか物見やぐらの方へ誘導する。
この洋館の造りは左右非対称になっていて、正面から見て左側に尖塔がありそこが物見やぐらである。
八方がガラス張りになっているため、全体を見渡すことができる。
だが、外からはどの角度から見ても反射して全く内部の様子が見れない。
……ミシミシと軋む木製のはしごを登りきる。
正面にガラスでできたドアがあるが、とても重たいので僕が押して開けてあげた。
「ランポ、調子はどうだ? ……って、今日はジャーダもいるのか」
見張りは基本的に二人一組でやる。ランポと誰かがセットになってやることがおおい。
「……おや、初めまして。僕はランポ。話はジャーダから聞いているよ」
重厚にできた椅子から立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。
スカイブルーの髪色であるが、右側の前髪に白いブリーチがある。目の色も同じく白い。
長身ですらりとした風貌はいつ見ても憧れである。この血族随一のかっこよさを誇る。
「はじめましてだね。わたしはアンヴィ! よろしくね」
ランポはアンヴィに向かって軽く微笑んだ後、真っ先に僕の方へ向かってきた。
そして、何のためらいもなく僕を抱き寄せる。
「久々だなディマ。寂しかった……」
猫を愛でるかのように優しいタッチで僕の髪を撫でだす。
……いつになってもこの絡み方は慣れない。変なことをされるわけではないし、素でこうやっているから怖いのなんの。
僕以外にもこうやって接しているから、特別なアレではないんだろうけど……。
「えぇっ……ちょっと、一応他に人がいるんだから……」
ヒューヒュー、とジャーダが囃し立てる。
アンヴィはきょとんとしてよく状況が分かっていない様子である。正直、僕も分からない。
「ランポはディマがすきなの?」
「ディマというよりか、男には大体ああやって挨拶するんだ。好きとかではなくて。やられるたびぞわぞわするけど」
「ジャーダはランポのことすき?」
「いや、好きではない。でも、尊敬はしてるよ」
きっぱりとした口調でジャーダは答えた。
アイツにしては珍しい。基本的に曖昧な返事しかしないからな。
抱くのをやめ、少し悲しげな顔でランポが振り返る。
「ん……嫌いなのかい? 僕は好きだよ」
「ひぇっ、これって……アレだよね? まぁディマは好きって言ってたからさ、ね!」
勝手に設定を付与されてしまった。勘違いされたら終わりなんだが……。
「おい、勝手にそんなことを……」
「はっはっは、ジャーダも照れちゃって。一ヶ月前はあんなに――」
「はぁっ!? 待ってそれは、事故だから……マジで」
ランポは不敵な笑みを浮かべている。本当に恐ろしい男だ。逆らったら何されるか分からない。
「つ、次はディマで試してみなよ……。耐えられるはずがないんだから」
「だーかーら、僕に押し付けないでくれよ」
「もう18歳になったしね……。試してもいいかもしれない」
「えっ」
あのー……二重、三重と死亡フラグを立てられるのは理不尽なような気がするんだけど……。




