第二十三話 案内1-2
手を繋ぎながら一緒に階段を登る。
さっきのように走られると困るからだ。
階段は廊下より危険なところが多い。そして、ここにはある仕掛けが備わっている。
「あれー? ディマ、行き止まりだよ?」
階段が続く先は、なんと赤茶色の壁である。
アンヴィが壁を一生懸命押しているが、びくともしない。
「アンヴィにはこれが壁に見えるかい?」
「うん、レンガの壁に見えるよ」
「僕は魔法陣に見えているんだ」
――幻影の魔法。
ここでは特定の者にしかその魔方陣は見えない。
その条件は「アルジェントの血族」であることだ。他の血族には、壁にしか見えないように細工が施してある。
一応三階に上がるための通路は他にもあるが、非常時以外は統率者専用なので僕たちは使うことができない。
「解錠せよ」
中心に手をかざすと、線に沿って青い光が溢れ出し人が通れるくらいの空間が生まれた。
「わぁ……すごい……」
「凄いだろう? 奥に行ってみようか」
三階には部屋が七つある。
ほとんどが倉庫だ。魔術書やアーティファクトが置いてある。かなり高価なものも置いてあると聞いているが、見分けがつかない。
階段の左横にイペリットの部屋。その奥に統率者の部屋がある。
「……ここがイペリットの部屋だ。フラックスの部屋の真上に位置する。多分、部屋にいるけど……会いたい?」
「どんな人なの?」
「イペリットはデュンケルとトルメンタの混血だ。栗毛色の髪で、目の色は檸檬色っぽい。可愛いものには目がなくてね……」
目がないというよりか、溺愛しているというか。執着が凄い。
「うーん、会ってみたい!」
「よし、じゃあノックしてごらん」
コンコン、と優しくノックする。
「……入っていいわ」
少し声のトーンが暗い。まだ体調が良くないのかな。
妊婦の大変さというものは我々には理解できない。僕は産めないしね。
とりあえず、丁重に……神経を刺激しないよう接すれば大丈夫なはず。
「……イペリット、調子はどうだ?」
「大丈夫よ。腰の辺りがちょっと痛むだけで……って、この子は?」
イペリットの表情が一瞬にして変わる。
目が輝いている……これは、嫌な予感が。
「わたし、アンヴィ! よろしくね!」
「はっ……アンヴィちゃん! なんという可愛さ……尊い。神は何たるものを想像してしまったの……」
アンヴィの頬をむにむにとしながら感動している。
嫌がっていないから止めなくてもいいか。
「産んだらいっぱい抱いてあげよっと。あと一ヶ月くらいだし」
一ヶ月、あぁそうだった。まだ一ヶ月もあるのか。
産まれる頃には僕はもういない。最期に自分の子くらい見たかったな。
「なーに暗い顔してるのよ?」
「いや……だって……」
「アンヴィは絶対にここに残るわ。それに、あなたは死なないよ」
自信ありげにイペリットはそう発言した。
あそこまでのことをやって死刑を逃れるなんてことは出来ない。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「えっ? ……あーそうね、勘?」
ほんのわずかだが意図的に視線を逸らした。
ここで嘘を言う必要性はないはず。だが、挙動について指摘したら理不尽に怒られそうだ。やめておこう。