第二十話 混乱1-1
……かれこれ20分程経った時、突如アンヴィの手が止まった。
「そーいえば、メルクリオはたべないの?」
「ん? あぁ俺は食べないよ」
「おなかすいてないの?」
「……空いてないかな」
「でも、たべなきゃげんきでないよ?」
そういうとパンをちぎりだし、メルクリオに無理矢理手渡した。
「たべていいよ!」
「えっ……あぁ……?」
顔に懊悩の色が表れ、露骨に不快そうな態度を取る。
ここまで嫌な顔をするのは初めて見たかもしれない。さっきから不機嫌ではあるが、あれは冷蔑の意味合いが強い。今回は何だ? 屈辱と呼ぶか、恥辱と呼ぶか……。
心底傷ついているのは分かるが、パンを渡されただけでこれとは。
アンヴィも本能的に危機を察したのか、僕のそばに寄ってきた。
「……おーい、メルクリオ?」
彼は無言でパンを見つめ、意識はどこかに飛んでしまっている。
「またわたしがわるいことしちゃった……ごめんなさい」
「いやいや、アンヴィは悪くないよ。分け与えるという行為自体いい子にしかできないからね」
落ち込んでいるアンヴィを抱き寄せ、よしよしと頭を撫でて慰める。
彼女はぎゅっと短い腕で一生懸命抱きついている。誰だってあんな態度取られたら怖いもの。
「……っ」
口の中にパンを押し込むように入れ、噛まずに飲み込む仕草をする。
人としては異様な食べ方であった。
「……食べたのか?」
「食べた。食べなきゃ元気が出ないのだろう?」
「そうだけど、なんか……不自然」
「あーうるさいな。帰った帰った」
メルクリオは布団に包まり、ふて寝してしまった。
都合が悪くなると、だいたいこんな態度を取る。
「……アンヴィ、一旦僕の部屋に戻ろうか」
アンヴィの手を優しく握り、そのまま部屋を後にした。
*
廊下に出た瞬間、先ほどとは何かが違うことに気づく。
冬とはいえ、ここまで下に冷気が溜まっているのはおかしい。
この凍てつきは……まさか。
「――っ! 伏せろっ!!」
バキバキバキッと音を立て空間が一瞬にして凍り付く。
天井も、壁も、床も、全てが真っ白な結晶に覆われている。
咄嗟の判断で水晶を自分の周りに張り巡らせてガードしたが、少しでも遅れていたら巻き込まれていただろう。
あぁ、こんなことをする輩は一人しかいない――
「Bravo……! どうせ、女に酔いしれているから気づかないと思っていたんだが」
「造りが甘いんだよグランディ。第一、その程度で魔法を食らっていたら命がいくらあっても足りない」
チッ、と舌打ちをすると、結晶はみるみるうちに昇華して消えてしまった。
相手にもう戦意はなさそうなので、こちらも水晶に触れて消した。
「しかし、同士討ちなんて随分と暇なことをやっているな」
「同士? ハッ、笑わせるな。お前が仲間だとは一度たりとも思ったことがない。それより……」
アンヴィの方を見ながらこちらに近づいてくる。
そして、グランディはしゃがみ込むと、見たこともないないような綺麗な笑顔でこう話しかけた。
「初めまして、僕はグランディ。よろしくね」
左手を目の前に差し出す。
「うん……よろしくね?」
若干怖がっているが、両手で相手の手を包み込み握手をした。
僕がいるから変な真似はしないと思うが……万が一のことを考えて短剣に手を添えておく。
「おいおいディマ、それくらいは信頼してくれよ」
「仲間だと思われていないやつを警戒しないと思うか?」
グランディはハハハッ、と乾いた笑いで誤魔化そうとする。
だが、その態度からは予想できない言葉を言い放った。
「それもそうだな。――で、これらの魔術をかけたのは誰だ?」




