第二話 満月の晩餐1-1
……さて、そんなこんなでアンヴィを抱きかかえながら自分の血族の屋敷に向かっている。
道なりは長いので、ここで満月の晩餐の前後の話をしよう。
*
――これは、約500年間繁栄し続けたサントゥアーリ国の魔術師たちのお話である。
今宵はナチュラルサインである蟹座の満月。第4ハウスに位置し、月の大きさも通常より大きく見える。
これは滅多にない偶然が重なりあって生まれた最高の日だ。
本当は家庭内で仲良く過ごした方がいいのだが、満月の日には必ず魔術師協会という全血族が必ず加入するところで晩餐会が開かれるため行かなくてはならない。
招待されるのは1つの血族に対して2人。
基本的には統率者と側近が行く。しかし、側近の体調がすぐれないため私が代わりに行くこととなった。
初めてということもあり少し緊張している。
向かい風が強く吹く中、黒い外套を羽織った二人は歩き続ける。
若々しい黒く艶のある黒髪の少年と、白髪の多い老父。
二人の虚ろな菫色の瞳はこれから起こる出来事を予期しているようであった。
「ディマ、協会ではあまり良い待遇はされないだろう。だが、決して自分から手を出してはいけないよ」
「分かっております統率者様。そういう役目ですから」
僕たちの血統は『アルジェント』と呼ばれるものだ。
魔術師の中では下位に属し、特異な魔法・魔術を使うものが多い。
例えば、水銀を操る者、ガスを扱う者、コランダムを生成する者……。
言っただけでは魔法としてパッとしないだろう。
ちなみに、僕はケイ素を含む物質を操ることができる。だからといって説明しないと分からないと思うが。
先ほど水晶でアンヴィを守ったのも、暗灰色のファルシオンを生成したことも、この魔法を使ったからである。
前者は二酸化ケイ素、後者は単結晶のケイ素だ。単結晶のケイ素は丈夫な割に軽いので、武器にはうってつけである。
他にもケイ素を含むものを挙げていくとキリがないため、ここでは省かせてもらう。
「……着いたぞ」
不意に道路の真ん中で止まる。
周りには木々が生い茂っているだけで、これといった屋敷は見当たらない。
「……どこにあるのですか?」
「火を放ってみればわかる」
火……だから私を呼んだのか。
この血族で火を扱えるのは8人中2人しかいない。
それが側近のイペリットと私だ。
正直、使いたくはないが致し方ない。
「火よ、燃え上がれ」
さっと左手を伸ばすと、勢いよく炎が放射される。
すると、辺りの背景が燃え広がり忽然と大きな屋敷が現れた。
外見はだいぶ古びた感じであり、蔦が屋敷を包み込んでいる。
扉の前まで来ると、左手にある黒く書かれた血族の紋章をかざして解錠した。
……この紋章は生まれた時に刻印される。
アルジェントの紋章は、「Ad augusta per angusta」と二重円の間に書かれており、中には魔術で扱う剣と杖が描かれ、剣先と杖先の間にひし形がある。書きにくいし説明しにくいが、カッコよさで言ったら一番だと思っている。
基本的に紋章は父方を継承する。混血で所有権を言い争うのは面倒であるからだろう。
だが混血の場合はへその下の辺りにも紋章が刻まれる。
暗く冷え切った廊下を音を立てずに歩く。
頼りになるのは月光のみ。火で照らしてはいけないのは、協会内での話し合いで魔法を使うのが禁じられているためだ。
……かすかに扉から光が漏れている部屋を見つけた。
コンコンコン、と3回ノックしてゆっくりと扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、大きな縦長のテーブルに乗せられた絢爛豪華な食事や、宝飾であった。
シャンデリアが煌々と輝き、私たちの影の濃さを一層暗くする。
「おや、アルジェントのお二方ですか。来ないかと思って席用意していませんでしたよ。今用意させますから――」
紫の外套に身を包んだ男は僕たちを嘲笑し、渋々しもべに合図を送った。
彼は『オーロ』の血を持つオスクリタという人物だ。
肩にかかる程度の銀髪に紅い瞳、すらっとした顔立ち。統率者としてふさわしい風貌である。
なんと、彼は魔術師協会の中でも選ばれたものしか入ることが許されない『A.a.(金の鷹)』に加入し、そこの頂点にいる者でもある。つまり、国王である。
オーロ自体、6種ある血族の中でトップに位置するものだ。誰も彼には逆らえない。
「全員集まりましたかね? それでは、晩餐としよう」