第十九話 情緒不安定
「あー良かったなぁディマ。殺されずに済んだぞ。ワインでも開けるか!」
「いいですいいです。飲む前に殺されてるから……」
――その時だった。
ガチャリとドアが開き、混沌とした空気を一瞬にして変えたのは。
「……朝飯」
半開きのドアの先にいたのはジャーダだった。
極力メルクリオの視界に入らないように体をドアに潜め、腕とトレーだけが見えている状態である。
片手で二人分の食事が持っているため重そうだ。腕がガタガタと震えている。
「あっ、どうも。助かった」
受け取ったと同時にバタンッ、と勢いよく閉め、そのまま俊足で逃げ帰った。
「……さすがに追いつけないからな。元気な奴め」
メルクリオは畳んであったテーブルを用意し始める。
あの二人は永遠に仲直りするつもりはないのだろうか。お互いに尋常ではないほど嫌っているのは確かだが、なぜ嫌っているのかは分からない。というより、メルクリオは分からないことが多すぎる。
昔、ジャーダにそれとなくメルクリオのことを聞いたことがあった。
その時は――
「メルクリオ? アイツはまぁ……ね?」
「まぁね……じゃなくて、なんであそこまで嫌っているんだ?」
「うーん……そういわれると……」
「理由もなく嫌っているのか?」
「そっ、そういうことではないよ。でも、互いに嫌う理由があるんだ」
「メルクリオは僕以外とは滅多に話さない。心底嫌ってなきゃあんなことは出来ないだろう。まぁ、治療とか実験は手伝っているけど……」
「そうだなぁ、ある意味それが理由なんじゃないかな?」
と、適当にはぐらかされてしまった。
多分、他の人に聞いても答えてくれるとは思えない。なぜならば、一番腹を割って話してくれそうなやつですらこんな答えしかくれないのだから。
「わーい! ごはんー!」
ぴょんぴょんと跳ねながらアンヴィが近寄ってくる。
「こらこら、危ないからトレー置くまでじっとしてて」
「……はーい」
少しむすっとした顔をしながら床にぺたりと座り込む。
とりあえず自分の分の食事をトレーから取り出し、トレーごとアンヴィの目の前に置いた。
……自分の分のししゃもは、どうやら食べてくれたようだ。
「ねぇねぇ、これなぁに?」
串刺しにされ、仰け反っている哀れな魚を指す。
「あー、それはししゃもだよ。この前いっぱい取れたんだ」
「ディマの分はないの?」
「……僕はさっき食べたからね」
「そうなんだー」
明らかな嘘であったが、軽く流してくれたのでほっとした。
アンヴィは尻尾から引き千切るようにして被りついている。
「……フォークで串から外して食べた方が食べやすいよ」
「えっ、そうなの? さいしょにいってよー」
頑張って丁寧に一つずつ外していく。
どこかぎこちないがそれもまた可愛らしい。ずっと見ていられるよ。
外し終わると、嫌な顔一つせずに腹の部分にかじりつく。
「っ! このつぶつぶおいしい!」
「卵のことかな? ししゃもはそれを食べるためにあるようなものだからね」
……と、魚卵が大好きなフラックスが言っていた。僕には理解できないけど。




