第十六話 苦渋の決断
「それって、魔術回路が切れちゃってるだけでしょ? へーきへーき、くっつければできるようになるから」
さっきまで照れて棒立ちしていたジャーダがいきなり割り込んでくる。
「……ほんと?」
「うん、ほんと。何なら、魔術回路がなかったやつですら魔法が使えるようになったんだからどうにでもなるよ」
ジャーダの目線が一瞬だけ奥の窓の方を向く。
その途端、彼の顔が強張り身震いしていた。
おそらくメルクリオを見たのだろうが、なぜこのタイミングで見たのかが分からない。ベランダにいることに今更気付いたのか?
「……ジャーダ」
「は、はい統率者様。申し訳ございません。慎んでおきます」
「ではアンヴィ、私がここに来たのは君に質問したかったからだ。三つ程聞くけれど、いいかね?」
彼女は不安げな表情を浮かべながらコクリと頷いた。
「まず一つ目は、君が昨日どういう状況に置かれていたかを知りたい。ディマから概要はうかがっているが、双方で意見が食い違っていたら大変だからね」
「えっ、えーっと……」
こちらに助けを求めるかのように見つめられる。
見つめられても僕は助けられない。下手に助言すれば余計に疑われるからだ。
だが、このままでは埒が明かない。
とりあえず優しく髪を撫で、彼女を落ち着かせようと試みる。
すると、気持ちが伝わったのか少しずつ口を開き始めた。
「きのう? きのうはね……ディマに会ったよ」
「どこでディマと会ったのかな?」
「森の中だよ。パパといっしょに」
「じゃあ、パパは今どこにいるのかな?」
確実に致命傷を与えようとしている。これだから統率者は信用ならないな。
アンヴィにはまだ理解が追い付かないだろうに――
「パパはねてるってディマが言ってたから、まだ森の中にいるとおもうよ」
唖然とした表情で二人は僕の方を見る。
「あの状況なら最適解では?」と目配せしたが、全く通じてなさそうだ。
統率者は腕を組み、深刻そうに考え込んでいる。
どうせ人なんぞいずれ死ぬんだからそんなに考える必要はないと思うんだが。
僕はただ罪無き人間より罪深い人間を殺しただけ……。
いつもより慈悲はあった。あんな目で見つめられなければ両方とも殺していた。オーロだからな。当然の報いだ。
――これじゃあ、僕の方がひたすらに人を殺す罪深い人間に見えてしまうな。ほんと、誰のせいだか。
「……ゴホン。では、質問を変えよう。パパやママから暴力を受けていたのは本当かい?」
統率者は問題をもう少し選んで言うべきだろう。なにも理解しちゃいない。
「それは、ぜんぶわたしのせいだから……。いつもはやさしいんだよ」
何かを確信したかのように統率者はうんうんと頷く。
「そうかそうか。そういう親なんだね。じゃあ、最後に一つだけ聞いてもいいかい?」
「うん、いいよ。何が知りたいの?」
「――ディマと、一緒にいたいか?」
……想定外の質問であった。アンヴィなら何と答えるのだろうか。
「いたい」と答えればオーロから狙われる存在と化し、「いたくない」と答えれば……元の日常より凄惨な仕打ちが待ち受けているだろう。
アンヴィは恐らくこれが苦渋の決断であることを知らないだろうが――
「うん、ディマといっしょにいたい!」




