第十三話 論証
「ちょっと、嘘はよくない」
「嘘じゃないよディマ。さっきメルクリオと話してた」
「えっ、マジかよ」
彼女が戻りたくないと言ってもオーロのやつなら無理矢理でも連れ戻すだろう。俺をは違って純血だしな。魔術道具としても使える。
……デュンケルじゃないだけまだましだと考えよう。魔宴に使われるからな。
「ハッ、くだらねぇ。そんな幼女を育てる余裕はアルジェントにないぞ。心臓と血と子宮だけ取って保存しておけ。あとはオーロにバレないように処分しろよ」
グランディがイラつきながらその場を立ち去ろうとすると、部屋の奥から野太い声が響いた。
「待ちなさい、グランディ」
ビクッと身体を身震いさせて反射的に足を止める。
その一声には、誰も抗えない。それが絶大な信頼を持つ統率者の権力だ。
「ディマが理由なくこんな暴挙に出ることはない。先ほどジャーダが理由を述べていたが、それ以外にもあるだろう?」
ある、と即答したいところだが、本来の理由を言えば統率者に呆れられるのは目に見えている。
アンヴィを犠牲にして権力を手に入れるなど――
僕が少しまごついていると、統率者が先に口を開いた。
「……皆に言えない理由であるのなら、考えを改めなさい」
「そっ、そういうわけでは――」
「では、言えるはずだろう」
統率者の眼光が、僕の心に鋭く突き刺さる。
なんとか間を伸ばして、考える時間を作るしか……。
「……統率者様、話すと長くなりますが宜しいでしょうか」
「よかろう」
「彼女は、父親と思われる人物に虐待された挙句、禁術の生贄にされそうになっておりました。正確には術式が間違っており、成すことの出来ないものでしたが。致し方なくその父親を殺し、彼女を助けるに至りました」
何も間違ったことは言っていない。だが、喋りながら本心を隠すのに徹するのは非常に難しいものである。ボロが出てしまえばそこを突かれてお終いだ。
「父親を殺したのか」
「おそらく、そう思われる人物を……」
「その時点で頭が痛いが……続けなさい」
「僕は禁術の証拠を得ました。彼女からも証言を得れるはずです。これを裁判にかければ、間違いなくオーロは責任を問われることになります。アルナシオン派を崩せれば、こちらとしても有意義では」
……言い切った。即興で考えた割には上出来だ。
「アルナシオン派という証拠は?」
「彼女はオスクリタのことを『統率者』と呼びました。オスクリタ派なら『陛下』と呼ぶはずです。それに、オスクリタ派であれば子供に対して虐待なんて行いません」
オスクリタ派が陛下と呼ぶ理由は「血族の統率だけではなく国を治めているから、敬意を込めてそう呼ぶ」らしい。オーロのやつでアイツのことを統率者と呼ぶのは、国王に値しないと考えられているからだ。
「なるほど。殺して誘拐する正当な理由にはならないが、情状酌量をしてくれるかもしれない。……あとは、その女の子次第だ」
統率者が杖をつきゆっくりと立ち上がり、食堂から出ようとする。
「統率者様、どちらへ?」
慌てた様子でグランディが話しかけると、にこやかにこう答えた。
「メルクリオの部屋だ。そこにいるのだろう」
そういって何事もなかったかのように出て行ってしまった。




