3話 転生面接試験
矢代から自分の個人情報ファイルを見せられた後、エイジはさらに追加でいくつかの術を見せてもらった。
バリエーション豊富でまたいろいろと驚くことになったが、中でもエイジにとって一番インパクトがあったのは、矢代の腕が自身の心臓部を貫通したことだ。バトル漫画のやられ役のようにズブッと。
結果としてこれが決め手となり、エイジは自分が死んだということを受け入れた。さすがにそんな状態の自分を正常とは思えなかったのだ。
「自分が死んだのはわかったんですが、これからどうしたらいいんでしょうか?」
死を受け入れたエイジが次に気になったのは、今後の自分の扱いがどうなるのかということだった。
「お、おう、もうわかってくれたの? 死んだときのこと思い出せた?」
「いえ、それはまだですけど」
「…………このファイルに事故のときの状況書いてあるけど、見る?」
「……う~ん、字面で見ても実感が湧かないと思うし、その内思い出せるのを待つことにします」
「…………そう。……まあ君がいいのなら、そのほうが良いかもね……。じゃあこの話はここまでにして、本題に入ろうか?」
そう言って矢代は一枚の書類を取り出した。上部分に『希望調査表』と書かれたA4サイズの紙だ。
「コホン、えー、死んだ人は天界に来た後一定期間を経て再び地上に戻ります。俗に言う転生だね。この面談は、死者に対して死んだことを説明する場であると同時に、次の転生に関する希望を聞く場でもあります」
「おお、転生っ。輪廻転生って本当にあるんですね」
また超常的な単語が出てきたことでエイジのテンションが上がった。術に対して興奮していたことといい、意外にファンタジー好きなのかもしれない。
「そう。現世でよく言われるそれに近いよ。死んで天国に来て、記憶やら何やらを消されてまた現世に戻っていく。どんな環境でどういう人間として生まれるかは、本人には分からないって感じね」
どうやら仏教などでいう輪廻転生とは多少異なるようだ。虫や獣になるようなことはなく、少なくとも人間にはなれるらしい。
ならばエイジとしてはまた日本に生まれたかった。紛争地帯などは少し遠慮したいところだ。そしてできれば、そこそこ経済力のある家を希望したい。
「でも残念ながら全員の希望が叶うわけじゃない。他の人とかち合うこともあるしね。ではどうするのか? 単純な話、競争することになるんだ。天国なのに世知辛い話なんだけど」
「競争というとどのように? 殴り合いですか?」
「いや違うよ、一応ここ天国だよ? 修羅道じゃないんだから……」
呆れた矢代に窘められ、ウォームアップを始めようとしていたエイジは一旦腰を落ち着けた。
そのアグレッシブさに軽く引きながらも、矢代は話を続ける。
「競争っていうのは言葉が悪かったね。別に転生予定者どうしで争うわけじゃなくて、その人が人生でやってきたことを僕らが審査するんだ。その結果、善良な人なら転生での希望が叶えられ易いですよってこと」
「な、なるほど。ということは、つまりこの場は……」
「そう。いわゆる死後の審判だね。閻魔大王に『悪い子はいねえがあ?』ってされるアレ。……ま、実際は面接試験みたいなものだから。自己PRとか考えながら気楽に受けるといいよ」
緊張を解すためか矢代は冗談めかして笑った。
だが実際のところ、エイジにとっては全く笑い事ではなかった。
というのも、見た目が怖いこの男にとって面接試験は超の付く苦手分野、謂わば自分だけ重しを背負ったハンデ戦のようなものなのだ。
降って湧いたような試練にエイジは激しく動揺する。
ついでに言うと面接以外でも、第一印象が重要な行事は軒並み彼の苦手分野である。思い起こせばいろいろと酷い記憶が蘇る。
高校受験の面接、コンビニバイトの面接、職務質問。
大学受験の面接、塾講師の面接、職務質問。
グループディスカッション、合コン、職務質問。
ご老人の荷物を持つ、落し物を届ける、その場で職務質問。
「ごふっ」
エイジは過去の散々だった面接(+その他)を思い出し、軽くトラウマを発症しかけた。なぜみんな顔つきだけで判断するのか。そう嘆いた回数は数えきれない。
一応エイジも、表情や服装に気を遣ってあれこれやったことがあるのだが、その全てが失敗に終わっている。世間の風は想像以上に冷たかった。
がしかし、いくら苦手だからといっても、ここで泣き言を言うわけにはいかなかった。なにしろ次の人生が懸かっている大事な場面なのだ。
例え苦手な内容だったとしても、例え来世では忘れてしまうとしても、次の人生を良いものにするためには今頑張らなければならない。
エイジは不退転の決意を固めた。『どんなに苦手なことでも諦めない! 歯を食いしばってでも、絶対に内定を勝ち取るのだ!』と。
そして彼は、気合いを入れて志望動機などを考え始めた。
――――え~、私が日本に生まれたい理由は~、
苦手を克服しようと一歩一歩前に進む若者、その姿はとても眩かった。
「まあこれに全部書かれてるから、結果は最初から決まってるんだけどねっ」
「ふざけんなよおおお!?」
天界の住人は鬼畜だった。
「すいません、取り乱しました」
あまりの怒りによって、面接前につい暴行事件を起こしそうになったエイジだったが、ギリギリで踏み止まることに成功した。固定されていた椅子に感謝である。
「ごめんね? 長く生きているとつい若い子をからかいたくなっちゃうんだよ。君ってリアクションがいいから余計にね」
「はああ……、もういいですよ。自分も過剰に反応し過ぎましたし。それよりも面接の件ですけど……」
エイジは改めて冷静に考えてみた。するとだんだん、全てを知られているのもアリではないかと思えてきた。
確かに悪人であれば魂の情報を見られるのは致命的だろう。だが真っ当に生きてきた人間ならば、見られて困ることはそれほど多くないはずだ。
むしろ口下手な者にとっては、全ての行動を正確に知ってもらえるのは利点とも言える。
「よく考えたら逆にありがたいかもしれません。自分はアピールが苦手なので」
「あー、そのことなんだけどね、さっきは審判を始めるようなことを言ったけど、君の場合は違うんだよ」
エイジの前向きな意見に対して、矢代が申し訳なさそうに先ほどの発言を訂正した。
「違うと言うと、どういうことでしょう? 直接地獄行きですか?」
「いや違うから。ちょいちょいネガティブ入るよね、君……。そうじゃなくて、君のように若くして死んだ人の場合、普通に審査するのは少し不都合なんだよ」
「不都合……ですか?」
「うん、そう」
矢代は人差し指をピンと立て、噛んで含めるように言い聞かせる。先ほどとは打って変わって真面目な態度である。
「さっき、善良な人なら転生の希望が叶いやすいって言ったけど、その判断基準となるのは主に生前に行った善行の回数なんだ。『徳を積む』っていう言葉を出せばわかりやすいかな?」
「仏教とかで言われるあれですか?」
「そうそれ。まさに積むという言葉通り、長い人生で善い行いを重ねていって、その回数や内容が我々の審査での評価に繋がるわけ。ということはつまり、早逝した人はどうしても不利になってしまうんだよ」
「なるほど、決められた試合時間内でのポイント制なんですね。なのに試合時間は各プレイヤーによって大きく異なる、と。…………クソゲーですね」
「気持ちはわかるけどオブラートッ!」
確かにそういう形式であれば、八十年生きた人と二十歳で亡くなった人では積んだものに大きな差が生じるだろう。単純計算で四倍だ。
加えて、子供の間は善悪の判断が付きにくい上に行動範囲も限定されるので、早くに死んだ者が善行に使える時間は相対的にもっと短くなる。
その分悪い行いをする機会も減るので、差し引きでは同じなのかもしれないが。いや、子供は意外に残酷な行いをすることも多いので、むしろ悪徳が多い段階で死んでしまうことになるのだろうか。
「で、足りない分をどうすればいいのかという話だけど。生前で足りないなら死後で補うしかないよね?」
「死後? 今ですか?」
「そう。死んだ後一定期間善行を行ってもらい、生前のものと合わせて改めて審査するんだ。早くに死んでしまった人たちや、その他諸々の事情がある人に対しての救済措置だね」
出席やノート提出で、テストの点数に下駄を履かせるようなものだろうか。意外にシステマチックな審判である。
人生を点数で量られるのは冷たい気がしないでもないが、何億人もの死者の人生を個人の裁量で評価させるわけにいかないのも確かだ。意図せず不公平や贔屓が発生してしまう可能性を考えれば、一定の評価基準を作るのも頷ける。
「善行って、具体的に何をすればいいんですか? 賽の河原で石積みを手伝うとか?」
「いや違うって……。そんな悲しい善行こっちも評価し辛いよ…………」
悲痛な表情を浮かべる子供たちと一緒に、ひたすら石を積み上げる強面の男。シュールにも程がある。
「では何を?」
「コホン…………なんと君には、これからしばらく天界の職員として働いてもらいます!」
……。
…………。
………………。
「…………マジですか?」
「うん、マジ」
――――転生のための面接かと思っていたら、就職面接だったでござる。




