とある名門軽音学部の台風娘のその後
第6章
【Zowa Zowa】
12月、2回目の日曜日14時15分、彼女はZeppNagoyaのステージに立っていた。キャパ1800名を満員とした会場で登場と同時に彼女は絶頂を迎えていた。
アリーナ席からは彼女を見た観客から「アブナイぞ!」と叫びが飛ぶ。
恍惚の表情でステージの中央に立つ彼女にとって、今まさに最高のライブが始まろうとしていた。
7月の3日間連続ライブの最終日、あの強烈な姿を見た私はその気持ちを飾る事無くその日のうちにコメント蘭にぶつけた。
彼女はとても喜んでくれて、「何度も読み返しました」と嬉しそうに語ってくれた。
そして、「7月末の水曜日、夕方に軽音楽連盟のコンテストが市内の音楽専門学校であるので是非とも来てくださいね」と案内された。
当日の夕方、私はその専門学校の入り口に居た。普段ならまだ仕事をしている時間だが、前日に有給届を課長席に置いてきたのだ。
初めて来た専門学校の入り口にはライブの案内など無く、「騙された!」とは思わなかったが果たして本当にライブがあるのか不安になり、受付に座っていた女性に聞くと、「8階のホールですよ、そのエレベーターからどうぞ」と。
少しドキドキしながら8階まで上がると、エレベーターの扉が開く前から音楽と歓声が聞こえてきた。
エレベーターを出て、大きい扉を開けてライブ会場のホールに入る。
私の目に飛び込んできたのは、制服にLEDのイルミネーションを付けて文字通りキラキラと光り輝く4人の女子高生達だった。
明るく楽しい女子高生生活を歌っていた4人に少し圧倒されたが、こんなのもアリなのかなと少し納得をした。
会場は広くはなかったが、客席はほぼ満員でほとんどが高校生、それと私のような年齢の人が
数名ほど、誰かの親御さんだろう。
その子達の演奏が終わり、次の出演者が準備をする、ステージのライトは消え、観客席の最後尾で暗い中ではあるが誰かは分かった、彼女だ、いや彼女達だ。
今までは大阪城で見たロリータファッション以外はずっと制服姿だったが今日はバンドメンバー全員が衣装を着ている。
皆、ロック少女という衣装だったが、彼女の衣装には目を奪われた。
暗くて良く見えなかったがホットパンツと網タイツは確認できた。
なんとなくだが、何か良い意味で嫌な予感がした。
司会者が彼女のバンドの紹介をして、ステージにライトが浴びせられる。
彼女は、下はホットパンツ、網目の大きいタイツ、上は下着が透けて見える薄いシャツ、犬の首輪のようなチョーカー、今まで見たことの無い濃いメイク。
そして前奏が始まる、彼女は後ろを向き客席にお尻を突き出し、左右にそのお尻を振る。
演奏している曲は前のライブの時にリハで少し演奏していた曲で動画投稿サイトにもアップされている曲だが、まともにライブで聴くのは初めてである。
前奏が終わり、彼女は前を向き歌い出す。その時点から何故か私は腹が立っていた。
この曲も動画投稿サイトで見たのとは違うアレンジでよりカッコ良くなっていた。
曲の中盤まではステージで立って歌っていた彼女だったが途中からステージで寝転んで歌い出した。この頃には私は腹が立つ気持ちと同時に堪え切れない笑いが溢れてきた。
初めてである、腹立ちながら笑うなんて感情が出たなんて。
後から考えると自分が彼女に対して勝手に描いてた彼女と目の前の彼女との乖離に腹が立ったものの、ライブの楽しさに笑ったからだと思うがとにかく驚いた、その感情に。
結局、この日はこの一曲だけであったが私は充実感を得て家路に着いた。
最初は彼女の声、次に歌、そして曲と順に虜になっていったが、今日のライブにより、彼女自身の虜になってしまった事が確信できた。
専門学校でのライブについての感想を感情の赴くままに帰りの電車の中で書き、そのままいつもの動画のコメント蘭に投稿した。
決して否定をした内容を書いたつもりは無いが、見方によってはそう捕まえられても仕方がないくらいの乱暴な書き方をしてしまった、私にはそれくらい衝撃的だったのだ。
3日経ったが彼女からの返信は無かった。
もしかしたらあのコメントにより彼女を傷つけてしまったのではと思い、4日目の夜に前のコメントを荒い書き方をしてしまい、傷つけてしまったかもしれない事について謝罪のコメントをした。
しかし、それから2週間経っても返信は無かった。
あのライブから3週間ほど経過した夜、もう彼女からの返信は無いかと諦めかけていた夜、いつもの動画を見ると新着コメントありの表示。
微かに震える手でクリックをすると、彼女からの返信があった。
返信が遅れた謝罪と、軽音部でずっと他県遠征を繰り返していた報告、そして私のコメントへの返信。
彼女は私のコメントで怒ったり、傷ついたわけでは無く寧ろ喜んでくれていた。
そんな風に感じてくれて、あなたの心を動かせて嬉しかったと。
曇っていた心が一気に晴れた、私の思うがままの感情を彼女が喜んでくれたのだ。
目の前の世界が一気に広がった気がした。
彼女からの返信が来なかった間に何とか彼女の事が知りたくて、色々と検索をした。
その一つに某SNSがある。
私はアカウントを数年前に作っていたが真剣にやる気も無く、フォローもフォロワーも0のまま放置していた。
検索をすると、バンドのアカウントとそのバンドのボーカルとしての彼女のアカウントを見つけた。
どちらもフォロワーは軽音関係の組織や音楽事務所、それから恐らく部員や学校の友達であろうアカウントばかりであった。
そんな中で私がフォローするのは気が引けたが、どうしても情報が欲しくて両方ともフォローをしてしまった。
これ以降は彼女とのやり取りは某SNSで行うことになった。
バンドとしてイベントに参加する時はバンドのアカウントから告知があり、軽音部としてイベントに出る時は彼女のアカウントから告知があった。
8月から11月まではその告知により、ほぼ全てのイベントライブを観に行った。
主だったもので、8月のお盆期間にあった音楽レーベル主催のコンテスト、9月には区民祭りの中の企画としての軽音部としてのライブ、更には自動車教習所で交通安全指導のイベントの中でのライブ、10月は県の軽音部連盟が主催の弥生時代の遺跡がある場所でのイベントライブ、11月は地元のケーブルテレビ主催のライブ、県の軽音部連盟主催のコンテストライブ、アニメ「けいおん」の舞台となった自治体主催のコンテストライブ、など。とにかく彼女が少しでも歌うとなれば何が何でも観に行った。
第7章
【Oh!No!】
9月には私が行くことができなかったライブが一つあった。
正確に言えばそのライブは開催されなかったのだ。
それは「中高生だけで開催するライブ」というもので大人のフォローはあるものの、企画から運営まで全て中高生がするというものでもう数十年も前から行われているらしいが全く知らなかった。
そして、それはコンテストにもなっており審査員に認められた一組だけが12月にZepp Nagoyaで開催される全国ライブに出場できるというもので、9月のライブはその地方大会だったのだ。
しかしながら、ライブ当日は大型台風が接近しており、午前8時の時点でライブの運営から中止のアナウンスがあった。
ライブの企画と運営は学生だが、大人の判断により中止が決定したのは仕方が無いだろう、演奏するのも観客もほとんどが学生ならばその判断は正しいと言わざるを得ない。
当然ながら彼女は悔しがっていた、某SNSで彼女も中止のアナウンスをしていたが行間からは悔しさがにじみ出ていたのはよく分かった、何せこれで全国ライブへの道が閉ざされてしまったのだから。
しかし、11月末に嬉しい知らせがあった、地方大会のライブは中止になったものの音源審査により彼女のバンドが全国大会のZeppNagoyaに出場できることになったのだ。
彼女のバンドのアカウントからそれを内容とする投稿がされると私は自分の事のように喜んだ。
開催日は12月、2回目の日曜日である、何がなんでも行かなければならない。
何せ今までで一番大きな規模のライブなのだ。
12月は私の会社は超繁忙期である、日曜は休みであったものの、いつ何時出勤命令が下されるか分からなかった。
なので新幹線の指定席を取るわけにはいかず、当日の10時の時点で会社からの電話がなかったので、家を出て電車を乗り継ぎ、最寄りの新幹線の駅で名古屋行の自由席の切符を買ってホームに到着した「のぞみ」に文字どおり飛び乗ったのだ。
名古屋に着いて軽く食事をしたあと、スマホの地図アプリを頼りにしてZepp Nagoyaに向かった。
アプリのお陰で迷うことなく会場に着いた、入場無料のライブなのだが、受付があり、どの都道府県から来たのかとか年齢等を記入した紙を渡して入場することができた。
受付の子もそうだが、会場に居る客もそのほとんどが中高生であった。
軽音のライブは常にそうなのでもう慣れてはいるものの、今回ばかりは規模が違う。
それこそ北海道から沖縄まで地方大会を勝ち抜いた子達を応援するために全国から高校生たちがやってきているのだ、スポンサーからの援助があるのだろう、学生たちはこの会場までかなりの安価で連れてきてもらえるようだった。
会場を見回すと完全に全ての席は埋まっていた、1階の前方はスタンディングなので席はなかったが、キャパ1800人の会場は観客で埋め尽くされていたのだ。
私が会場に入ったのはライブ開始から20分ほど経過していたので、既にライブは始まっていたのだが、それは異様な盛り上がり様だった。
さすが、地方大会を勝ち抜いてきたバンドばかりである、みな演奏レベルも高いしオリジナル曲の完成度も高い。
自分たちの応援をしに来た子だけじゃなく、初めて曲を聴いた子たちも盛り上がっている。
彼女のバンドの出番は14時15分である、当日の朝にバンドのアカウントから告知があった。
私は前菜を楽しみながらメインディッシュを今か今かと待ちわびていた。
そして14時15分
彼女たちの演奏が始まる。
1曲目は、7月に音楽専門学校で聴いた曲、網タイツとホットパンツで歌って私を怒りながら笑わせたあの曲である、あれから数回イベントライブでも聴いたが歌うたびに曲が進化してよりカッコよくなっている。
観客のほとんどは彼女の曲をライブで聴くの初めてだと思うが、他のバンドと同じように、いやそれ以上に観客たちを熱くさせていた。
1曲目が終わり、曲間のMCを彼女がしている。
しかし明らかに彼女のテンションがおかしかった。
客席からまたもや「アブナイぞ」と声が飛ぶ!
恐らく自分でも何を言っているかあまり分かってないのだろう、ずっと「えへへ」と
笑いながら曲の紹介をしていた。
2曲目、彼女が大好きな先生のために作った曲である。
この曲は私がライブで聴くのは2回目である。
1回目の時はまだ完成したてというか完成直前の状態だったのであろう。
彼女が歌詞を間違えしまったようだし、演奏もいまいちぎこちない所があったように思える。
その演奏のあと、舞台から降りた彼女が今まで見たこともないような悔しい表情をしていたのを
見てしまったのでやはり納得がいかなかったのはよく分かった。
それから2か月がたった今日、果たして曲は完成していたのか。
私は鳥肌が立っていた、感動で涙が出ていた、足が震えていた。
曲は完成していたのだ、観客たちの心を完全に掴んでいた。
前に聞いた時とは別物とまでは言わないが歌詞も曲も完全に洗練されていてた。
彼女もステージ上で今までに見たことがないテンションで歌い続ける。
彼女は身体中の「嬉しいと楽しい」という感情を爆破させていた、恐らく自分でコントロールなどしていないのだろう、燃え盛かる魂の思うがままに歌い!踊り!叫び!観客の心をその熱い魂で焼け焦がしていた。彼女はそのとき、大輪の花火であり、ダイヤモンドであり、太陽であった。
観客もそれを感じ取り彼女の思いに熱く答えていた。
そして彼女の歌が終わる、ステージが闇に包まれる。
私が今日、それまでに見たバンドの歌も曲も全て吹き飛んでしまった、他の観客もそうであると信じたい。
私が彼女を見始めてから半年以上経った。
もう何度ライブに行ったのだろう、何曲彼女の歌を聞いたんだろう。
これから何度彼女に会えるのだろう。
一抹の不安と大きな希望があるが私は可能な限り彼女の歌を聴き続けていくだろう。